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くろたけ’s 閑話 その3
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2006年7月29日 : 久しぶりに、「くろたけ’s閑話」を再開しようと思う。

【今の課題】
今のわたしの課題は、「自立」することにあるように思う。
8年ほどかけて、3つのアビューズと医療過誤の問題も解決の見通しがたったのではないだろうか。
で、問題は、これらの外傷体験から、本格的に離脱して、ちゃんとした自分本来の生活をはじめることじゃないかと思う。

わたしの生き甲斐ってなんだったんだろう。

わたしが実現したかった人生って、夢って何だったんだろう。
もう残りの人生も少ないが、本来は、いったいなにに情熱を傾けたかったんだろうって、自問している。
生活を楽しみ、残りの人生を充実して生きられるような新しい生き甲斐を見つけなきゃとか、思っている。

あまりに長期間、虐待問題にどっぷり浸かってきたので、なんというか虐待問題に「依存・嗜癖」すらしているといってような日々であった。

職業として取り組んでいるわけじゃないのだから、もう、メンタヘルスは充分って、気がする。
そう思えるようになったのは、きっと良い方向なんじゃないだろうかって思う。
なんか、不思議な境地、今まで感じたことのなかった境地に入り込みつつあるような、、、、気がする。

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【医療インタビュー事故について】インタビュー中に、インタビューアーが自分の性的な体験を開示するのは、コップに、ダムの水を一気に注いだようなものだ。
コップの水は一気にあふれ、のみならずコップそのものも破壊されてしまった。

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【以下、性的な話! フラッシュバック注意!!】
もう一つの重大は課題は、性的なオルガスムの際に、解離すること。
サバイバーはセックスの最中で、もっとも解離しやすいといえるだろう。
解離すると、加害者やそれにまつわる怒りやならなにやらが、性的な快感を乗っ取りにくる。
それがいかに、辛いことか、を実感できるようになった。
以前は、それがめくるめくわけのわからない強烈な体験として、振り回されるだけで、いったいなにが起こっているのか理解できなかった。
こういうわけの分からない体験が、セックスだと思っていた。
だが、それがつらいことだと言えるようになったのは、性的な快復が進んだと言うことか。
性的な最中での、解離を止めることはまだ出来ないが、解離していると意識はできるようになった、、、?

サバイバーの性的な回復を明らかにするためには、3人の話し手が必要だ。2人のサバイバーと、1人のサバイバーでない人物。
2人のサバイバーが話すことで、サバイバーとしての互いの共通点を発見する。
そこに1人のサバイバーでない人物が加わることで、サバイバーーでない人と、サバイバーである人とのセックスの違いが明らかになる。

※性について語るときは、自分の感情によく気づき、安全を確保してくださいね!


2006/08/08(Tue) 14:24  ☆課題(続)

【コーション! 性的な話しあり】

たしかに自分の病的な状況は良くなっている。
性依存・セックスとパートナーシップ、それに医療過誤の後始末を除けば、今のところ大きな課題は見つからないから、たしかに状況は良くなっているといえると思うんだよな。
それに、性暴力を離れて何して生きようって、次の生き甲斐探しもはじめているしぃ。
でも〜、でも〜、いつまでも、気分は晴れないんだよなあ。

パートナーシップと性依存とセックスは同一問題なので、これは性依存の自助ミーティングへ行って、言語化できるようになってパートナーにこれまでのことを謝るべきところは謝まれるようになろう。
時間はかかるだろうけど、、、。
セックスは、もうこれは一生の問題で、、、。
だからといって、この性的トラウマと、、、。
あ〜あ、こんなことにこれほど繰り返し苦しまなきゃなんないなんて、、、。


医療過誤は、この夏ようやく、それこそようやく言語化できるようになったところなので、これからバシバシしゃべって、大いに怒るしかない。
大いに、語るぞ〜!
何度でも、同じことを、いっぱいしゃべるぞぉ。手記にもまとめるぞぉ。 お〜!!

この事件は、これまで特定のカウンセラー相手にしかず〜っと話せないでいたから、この掲示板では何年も言葉にすることができないでいたから、一般的な場所で言語化できるようになってうれしい。

メンタルヘルスの医療過誤は、ほんとうに頭に来る。
怒り心頭に発す。
怒髪天を突く。
精神医療における医療過誤の被害者って、ほんと、孤独なんだよなぁ。
きっと、セクハラの被害者も2,30年前までは、こういう風に孤独だったんだろうって思う。
メンヘルの医療被害者のつらさを、理解しようとしたり、共感したり、被害者を応援しようとしてくれる人が、なさすぎるんだよな。
みんなも、ぜひ医療事故のたいへんさを理解してね。

精神療法やカウンセリングや医療インタビューにも医療ミスやトラブルがあることをもっと知って、問題を共有しあうことで、こういう事故・過誤を防ぐげるようにしよう。
こういう悲惨な目に遭うのは、自分一人で充分だ。

精神科医やカウンセラーなどの専門職は、すぐに専門性というエンマクとか「白衣のカーテン」の内側に逃げ込んでしまって手強い、というか、ずるい(笑)
医療ミスを防ぐためにも、医療被害者を速やかに救済するためにも、専門職の情報公開と、サバイバーやその家族など多くの人の協力が必要だ。
サバイバーが専門職を上手に利用できるようになることが肝要だというが、それは医療ミスでも同じ。
専門職や学会が逃げたりしないで、また仲間同士でかばいあったりしないで、きちんと医療被害者の立場を思いやった対応ができるようルール化をしてもらわないと。

性暴力では、加害者側が謝罪してくれると被害者の精神的状態はがぜん好転することが多いけど、医療ミスでもそれは同じ。
誰だった誤りは犯すし、医療においてミスや事故をゼロにするこは不可能に近いだろう。
だからこそ、ちゃんと謝れることは、良い医師、良い専門職の条件だろうって思う。
わたしの医療事故の相手はちゃんと謝ってくれたので、その点、たいへん感謝している。
メンヘルの医療ミスはたしかに他の一般医療に比べて分かりにくい面があるが、でもミスはあることはある。
多くの人が、メンヘルの質に関心を持つようになれば、おのずと質も上がって、より安心できる医療になってゆくはずだし。

年内には学会への申し入れと、論文編集者との交渉を済ませたいけど、あ〜ぁ、面倒、気が重い。
誰か一緒にしない(笑)

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
医療過誤における被害者の権利、医の倫理の確立を!
被害者にはケアを受ける権利、説明をしてもらう権利、話を聞いてもらう権利がある。
わたしのように自己の体験を論文に発表れた場合は、修正・撤回をしてもらう権利がる。
専門職は逃げない、隠さない、ウソをつかない。
専門職の同僚は、仲間をかばわない。医療事故だとわかったら逃げずに対処するよう諫言することがミスをした専門職のためになる。
学会は、もっとクライアントにたいし敷居を低くして、アクセスしやすく。
またどのような医療過誤があるか統計調査をして公開せよ。
医療ミスだとはっきりするまでがたいへんな場合があるだろうし、また倫理違反を裁く倫理委員会も必要だ。【コーション! 性的な話しあり】

たしかに自分の病的な状況は良くなっている。
性依存・セックスとパートナーシップ、それに医療過誤の後始末を除けば、今のところ大きな課題は見つからないから、たしかに状況は良くなっているといえると思うんだよな。
それに、性暴力を離れて何して生きようって、次の生き甲斐探しもはじめているしぃ。
でも〜、でも〜、いつまでも、気分は晴れないんだよなあ。

パートナーシップと性依存とセックスは同一問題なので、これは性依存の自助ミーティングへ行って、言語化できるようになってパートナーにこれまでのことを謝るべきところは謝まれるようになろう。
時間はかかるだろうけど、、、。
セックスは、もうこれは一生の問題で、、、。
だからといって、この性的トラウマと、、、。
あ〜あ、こんなことにこれほど繰り返し苦しまなきゃなんないなんて、、、。


医療過誤は、この夏ようやく、それこそようやく言語化できるようになったところなので、これからバシバシしゃべって、大いに怒るしかない。
大いに、語るぞ〜!
何度でも、同じことを、いっぱいしゃべるぞぉ。手記にもまとめるぞぉ。 お〜!!

この事件は、これまで特定のカウンセラー相手にしかず〜っと話せないでいたから、この掲示板では何年も言葉にすることができないでいたから、一般的な場所で言語化できるようになってうれしい。

メンタルヘルスの医療過誤は、ほんとうに頭に来る。
怒り心頭に発す。
怒髪天を突く。
精神医療における医療過誤の被害者って、ほんと、孤独なんだよなぁ。
きっと、セクハラの被害者も2,30年前までは、こういう風に孤独だったんだろうって思う。
メンヘルの医療被害者のつらさを、理解しようとしたり、共感したり、被害者を応援しようとしてくれる人が、なさすぎるんだよな。
みんなも、ぜひ医療事故のたいへんさを理解してね。

精神療法やカウンセリングや医療インタビューにも医療ミスやトラブルがあることをもっと知って、問題を共有しあうことで、こういう事故・過誤を防ぐげるようにしよう。
こういう悲惨な目に遭うのは、自分一人で充分だ。

精神科医やカウンセラーなどの専門職は、すぐに専門性というエンマクとか「白衣のカーテン」の内側に逃げ込んでしまって手強い、というか、ずるい(笑)
医療ミスを防ぐためにも、医療被害者を速やかに救済するためにも、専門職の情報公開と、サバイバーやその家族など多くの人の協力が必要だ。
サバイバーが専門職を上手に利用できるようになることが肝要だというが、それは医療ミスでも同じ。
専門職や学会が逃げたりしないで、また仲間同士でかばいあったりしないで、きちんと医療被害者の立場を思いやった対応ができるようルール化をしてもらわないと。

性暴力では、加害者側が謝罪してくれると被害者の精神的状態はがぜん好転することが多いけど、医療ミスでもそれは同じ。
誰だった誤りは犯すし、医療においてミスや事故をゼロにするこは不可能に近いだろう。
だからこそ、ちゃんと謝れることは、良い医師、良い専門職の条件だろうって思う。
わたしの医療事故の相手はちゃんと謝ってくれたので、その点、たいへん感謝している。
メンヘルの医療ミスはたしかに他の一般医療に比べて分かりにくい面があるが、でもミスはあることはある。
多くの人が、メンヘルの質に関心を持つようになれば、おのずと質も上がって、より安心できる医療になってゆくはずだし。

年内には学会への申し入れと、論文編集者との交渉を済ませたいけど、あ〜ぁ、面倒、気が重い。
誰か一緒にしない(笑)

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医療過誤における被害者の権利、医の倫理の確立を!
被害者にはケアを受ける権利、説明をしてもらう権利、話を聞いてもらう権利がある。
わたしのように自己の体験を論文に発表れた場合は、修正・撤回をしてもらう権利がる。
専門職は逃げない、隠さない、ウソをつかない。
専門職の同僚は、仲間をかばわない。医療事故だとわかったら逃げずに対処するよう諫言することがミスをした専門職のためになる。
学会は、もっとクライアントにたいし敷居を低くして、アクセスしやすく。
またどのような医療過誤があるか統計調査をして公開せよ。
医療ミスだとはっきりするまでがたいへんな場合があるだろうし、また倫理違反を裁く倫理委員会も必要だ。


2006/08/22(Tue) 00:27  ☆8月のこと

8月3日に、レイプクライシス・サバイバーズネット関西の報告会に参加。
米国のクライシスセンターのことを良く知れた。
また、始まる前に、お友達2人と、駅で落ち合って、お茶をしました。

5,6日は、一泊で海へ行って来ました。好天で日に焼けました。海、きれいだったなあ。
昼間、海辺の露天風呂に入ったのが最高でした。高台のお風呂から眺めたのは、青い海、水平線を行き交う船、浜辺の海水浴客とカラフルなパラソル。風もさわやかでした。

15日は、京都で女性サバイバーの方3人と会って、食事をご一緒しました。
じっとりとした、蒸し暑い日。
ばらばらに京都駅に着たのに、うまいことにちょうど3時半に落ち合えました。
サバ友って、ネット上のやりとりだけじゃなくてリアルで会うと、やっぱり違うなあ。
一人はもう7年くらい前からの友人で、サバイブももうまもなく卒業のご様子。
わたしもたぶん、もう少しで、サバイバー生活から卒業できるかもしれない。
これからは、どうやって生きて行くのかな、自立はどうしよう、そういう問題に共感しました。
サバイブ中の人、これから新たな課題に取り組もうとしている方、心から応援しています。
回復もサバイブも、ともに誰もが手に出来るし、また手にする価値があることだと、心から思います。
京都は、いろいろ楽しめることがあっていいな。今度は桜や紅葉狩りなど、なにかイベントがらみで集まりたいな。
そして生きてきたことを祝福したい。

他にも、12日と19日は、新たにミーティングに出て、いろいろ感じました。

先月くらいに、黒い野良猫に、煮干しを上げたら、以来、ちょくちょく玄関先にやって来ては、餌を待っているようになった。
8月になってさすがに暑いのだろう、玄関先じゃなくて、お隣の家がつくる影の中に寝そべって待っているようになった。
公園に捨てられていたときは、首に鈴をしていて、人を見ると直ぐに身体をすり寄せてくるほど、人なつこかった。
人の良さそうな、気の弱い猫で、ノラとして生きて行くには苦労が耐えないだろうって思うけど、だけど運命を素直に受け入れていような様がなんとも、、、(笑)
野良猫のサバイブって、、、、と思ってしまう。
お盆が明けてから、あまり姿が見えないので、ちょっと心配。

昨年はリンダ京都講座にはじまり、医療過誤の謝罪交渉、性依存、それによるパートナーとのいさかい、一時的な自殺企画、医療界の閉鎖性とか、医慮過誤の怒りを感じることと言語化するための作業など、う〜ん、いろいろあったなあ。

振り返ってみると、この1年は、毎日が変化の日々だったのだなあ。
1日ごとでは変化は感じられないけど、今この時点になってみると、確実に楽になる方向に変化しているし、過去のことが「思い出」へとかわってきているなあ。
トラウマの生々しい記憶に比べれば、思い出は化石みたいなもんだ。

さ〜て、これから、何をして生きよう。
まだまだ課題はあるけれど、それでも、
何かしたいという時間、何をしようって考える時間って、はじめて(数年ぶりに)持った。

Re: 8月のこと 投稿者:くろたけ - 2006/08/23(Wed) 00:16 No.3064          夏休みを取ったことで、かえって自分の心に焦点を当てられるようになって、ずいぶんと変わった。
上でこの1年を振り返ってみたら、ずいぶんと進歩したんだっていうことがわかった。
去年の今頃ってどうしていたっけ?
改めてカウンセリングをはじめて、3、4回目くらいだったはず。
去年の8月と、今年の8月では、全然違う。ものすごく違う。
時が過ぎる、回復に取り組みながら時が過ぎるって、こういうもんなんだぁ。


☆秋 投稿者:くろたけ - 2006/09/05(Tue) 13:08 No.2800     
 
9月になって、秋の気配がしてきましたね。
庭の南天の実も、緑から、茶色へと少しずつ、色づいてきました。
わたしもいまだ、つらい。
いつになったら、楽になるのかなあ。
いつになったら、この医療過誤による侵入症状から解放されるのだろう。
楽になりたい。早く楽になりたい。  

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 Re: 投稿者:くろたけ - 2006/09/05(Tue) 17:25 No.2801 
 
今日は、侵入症状がひどく、医療事故のことが頭から離れないというより、考えたくもないのにきりきりと侵入され、午前中ずっと部屋で倒れていた。
午後、用事をたさなくちゃならなくて、外出して少し楽になった。   かの医師は、わたしのことを書いた論文も学会発表もいまだに撤回していない。
あの医療過誤のインタビュー内容が、今後も何十年もあのまま残るのかと思うと、ぞっとする。
でたらめな記事が、そのまま正しい内容として、他の研究者たちが引用したり、読んだりすると思うと、ぞっとする。
医師や研究者たちは、このような被害者の気持ちを、傷つく痛みをちゃんと理解すべきだ。
そもそも倫理的に間違った論文を、そのままなんら撤回も訂正もしないでおくことは、医師や研究者自身にとって、「恥」とすべきことだ。
このような撤回・訂正ができないのは、医学研究の後進性・封建制・閉鎖性の産物だろう。

 

 

 


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