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くろたけ’s 閑話 その2
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05/10/17:性依存について;性依存の問題はオープンに語るのが難しいけど、じつはサバイバーのなかでは、結構起きていてたいへんなんだろうって思っています。
わたしは今は落ち着いてきているものの、性依存をしたことがある、というか回復途上です。だからいろいろ書きたくもなるけど、わたしの経験からごく簡単にいうと、根本的な解決には、それについて「話す」ことが役立つように思います。
ちょうど、自傷行為や薬物依存でも語るミーティングが、依存症に対して有効なようにです。
少なくともわたしにとっては、サバイバーの性的な癒しについてわかっている専門職や、仲間と性について話すことは、短い会話であっても役立ちました。
その際、安全な環境を確保することは、すご〜く重要だと思います。聴き手が動揺することも少なくないし、話したことで自分が不安定になることもあったので、安全への配慮は絶対です。
話せないときは、自分の心の中でそれについて繰り返し語ったり、書いたりしたことも、役だったかな。それから、トラウマが全体的に癒されると、性依存も落ち着いてきました。これはもしかしたら、性的な癒しにとって重要なポイントかも。
あと、セックスや自慰について必要以上の罪悪感を持たないこと、セイファーセックス(避妊や性病予防など安全なセックス)を心がけること、相手を心理的な方法で性的支配しない、また暴力を振るったりしないことも大切ですよね。
それから、特定のパートナーとつきあっている時に性依存になると、そのパートナーにすごく負担をかけることが起きることもあると思います。
だから、パートナーとどのくらいの頻度で性的な関係を持つか、どうすればパートナーにとってもより無理のない行為になるかを、できるだけあらかじめ話し合っておくことで、パートナーの負担を減らすという工夫もしました。そして、失敗しても、あるいは自己嫌悪になるほどすごいハイパーセクシャルになっても、自分を責めずにおくことも大切かな。最後に、性的な癒しは時間がかかるので、焦らないことだなあ〜ってね、思います。
もうひとつ、たぶん比較的重要じゃないかと思う方法を忘れていた。それは、インナーチャイルドに、性依存について尋ねてみることです。どんな気持ちか、いつからか、どうしたいかとかね。
05/5/12:あ〜、死にそう(^_^) 発言者:くろたけ (Date: 2005年 05月 10日 火曜日 21:10:22)
こんちは、男性サバイバーのくろたけです。
ひさびさに、こちらで愚痴らせてくださいナ。
あ〜、最低。
毎日、死にたくなって、どうしょうもない。
生きてたってしょうがいないし、死んだって一緒だし。
だからといって、死ぬ気もないけど。(笑)
先月から、しょっちゅう乖離になって、とうとう、車を乖離したまま運転して交差点に侵入、10トントラックにぶつけられた。
あ〜あ、今度は2年前のアビューズの記憶と向き合わなくちゃなんない。
もう、なんにもしたくないよ〜。
もう、これ以上、なんもやりたくないようぉ。
アビューズされると、なんで被害者のほうが死にたくなるのよ〜。
ともかく、サバイバブ!!
ちゃんとサポートにつながらるまで、サバイブだぁ。(笑)
くろたけ@花に清香りあり、月に影あり。 さんからのコメント
( Date: 2005年 05月 11日 水曜日 23:18:26) 夕方に散歩すると、気持ちの良い春の季節になりましたね。
子どもと散歩して、よその家のバラの香りや、道ばたのシロツメクサをつんでその香りをかいたりしながら歩いていると、いつの間にか新月が西の空に出ていました。
今は、頻繁に生きてもしかたがないと思うけど、けっして実行するつもりありません。
びっくりさせてしまった方、ごめんなさい。
10代の初めにも乖離みたいな状態で未遂したことがあるんで、乖離しやすかった先月は怖かったです。
でも、もう大丈夫だろうと思います。危機はとりあえず回避できたと思います。
事故のほうは、先方のトラックの信号無視で、おかげさまでわたしは怪我もなくすみました。
でも、この辛い時期に、愛車を1ケ月の修理にださなくてはならなくなったことが、あ〜、つらい。ほんと、つらい。
わたしのセルケアは、音楽を聴きながら、ドライブするのがほとんどだから、今日も夕食後ドライブに行きたかったけど、代車じゃ行く気にならなくって、、、。
しんどくなっている原因は、京都の講座とは無関係で、過去のアビューズの問題が2ヶ月ほど前から、あらためて浮上してきたことなんです。
この2ヶ月ほどは、毎日がすごいアップダウンだし、相反する感情はバラバラに訪れるし、気づきも毎日山のようにあるし、もう10年ほどもサバイブしたような感じです。
それに、こんなに死にたくなったのは初めてで、あ〜あ、いつになったら、過去から解放されることやら。
先日、海外から来たカウンセラーのセッションを受ける機会にめぐまれたので、「わたしはサバイバーか?」と尋ねたら、「そのとおり、まさしくサバイバーだよ」といわれて、がっかり、、、。
どこかで、サバイバーでない自分を期待していたんだけど、もう逃げ場がないのかあ、逃げずにサバイブするしかないのねって、あきらめ顔です。(笑)
ぬいぐるみ、わたしもありますよぉ。白と黒の2匹のウサギ。(笑)
しばらく使っていなかったけど、みなさんのレスをみて、ふたたび取り出しました。思い出させてくれて、ありがとう。
ただ、こんな年の男性が抱いているの姿って、気持ち悪いけどね。
男性サバイバーのみなさんにも、ぬいぐるみは薦めています。
では、みなさんも、しぶとく生きましょう。
ここで分かち合ってくれたことに、感謝!
くろたけ@今日も一日生きました&インタビュー さんからのコメント
( Date: 2005年 05月 12日 木曜日 22:02:54) 今日は庭のアヤメを、食卓に飾りました。(^_^) 紫の花びらと、黄色の花心の対比が美しいです。それから、そして、今日も一日なんとか無事死ぬことなく、生きることができました。(^_^)
今夜はもう、お風呂にゆっくり入って自分の気持ちを知るための瞑想もしたし、後は寝るだけ。寝入ってしまえばしめたもの。夢見が悪くたって、朝までは生きていられる(笑)研究者は面接調査の方法を、先例に十分に学んでください。いいかげんな思いつきでしないで。
北米にはすでに、サバイバーに対するインタビューに関する研究や著作がいつもあります。
インタビュー(面接調査)はインタビューアーに主導があり、サバイバーの心の中に侵入してくるだけに、カウンセリングよりはるかに危険なんです。
調査における倫理と責任は、すべて調査する側にあることをしかっかり認識してね。
サバイバーの皆さんは、インタビューのリスクをあらかじめ知ってから、調査を受けてください。あらかじめインタビューの危険性について、インフォームドコンセントをしない(もしくは出来ない)研究者の調査には、応じないことです。
そうしないと、わたしのようなことになりかねません。
いったい、死にたくなるほどの面接調査ってなんだぁ(笑)
いつか、わたしのケースが反面教師として利用されるようにしたいなと思っています。
もっとも転んでもただでは起きないわたしは、ある程度安全なインタビューの方法について、じゅうぶんでもないまでも知識を学びました。いずれ、みなさんともシェアしましょう。
では、お休みなさい。明日の朝、少しだけ幸福が増えていますように!!
04/10/25:イラク戦争といい、憲法9条の改正といい、社会は暴力的になってゆくようで不安感が強い。戦争は最大規模の子ども虐待。それゆえに、虐待問題は平和活動をもって完結するはず。
サバイバーは、炭坑のカナリア。昨年は、戦争から来る不安に乗っ取られて、生活がまともにできなかった。
男性サバイバーって支配と暴力を身をもって知っているだけに、いつか、きっと新しい非暴力のムーヴゥメントを、他の男性達に示せる可能性があるんじゃないかなあと思っている。そういう日がいつか来ますように! (笑)
04/6:絶望を希望に変える方法。それは、確かに、あった。
04/6:わたしが受けたトランス・セッション(療法)についての感想。
クライアントのほうから、ある療法を受けた感想を話し合うのって、すごく重要だと思っています。 実際、セラピストからの報告例は専門誌などを見るとしばしば記載されているけど、クライアントには別の見方や感想があるものだし。 クライアントが情報交換することで、セラピーの質があがり、サバイバーもよりこういう療法を利用しやすくなるといいなあと思っています。
Q1)トランス・セッションは何に効いた?
この療法は、要するに深層心理や無意識に働きかける療法で、いくつかやり方はあるようです。リラックスした状態で、トランス状態(催眠というか、より軽い変性意識)に誘導してもらって、その中であらかじめセラピストと決めておいた課題に取り組むというやり方でした。
わたし自身の意識ははっきりしているし、セラピストから話かけてもらうことで進めて行くんだけど、だからといって自由に歩き回ったり話したりできるわけじゃなくって、なんというのかなあ、お風呂の中で目をつぶってくつろいでいる状態というか、夢と覚醒のちょうど中間のような状態かな、そんな状態でした。
取り組んだ課題は、母と父からのアビューズの問題を、2回に分けてやった。
特に、アビューズと愛情との間に折り合いをつけられるようになることが1つの目標だった。何に効いたかというと、ちょっと説明しがたいんだけど、要するに、1日中、トラウマに乗っ取られて、生活することがなくなりました。 つまり、記憶に支配されることが、ずっと少なくなった。
何が起きたかをちゃんと認識できるようになったし、トランスの中で父や母に言いたいこともいえたし、記憶を心の中の箱に収めることもできるようになった。 記憶や感情の統合が進んだということかな。
Q2)その副作用は?
特になかったけど、セッションを受けた後、1〜2週間くらいは、気づきや感情面が、非常に活性化しました。まあ、良い方向へ向かっての「突貫工事」の時期だったようで。(笑) セラピストも、セッション後の1〜2週間は大切な時期だと言っていました。
Q3)その他の難点は?
それは、ひとえに、セラピストの「力量」にあると思う。 深層心理や無意識に働きかけるセラピーは、切れ味も鋭いけど、それだけに危険も相当あると感じた。
力量は、セラピストとクライアントの相性うんぬん以前のことだし。日本では熟練の良いセラピストを、どうやって見つけるかだなあ。
あと、クライアントは、よく説明を聞いて、自分が安全だと思ったら、取り組むのがいいと思うよ。不安やおそれを感じているうちは、セラピストのペースで受けるべき療法じゃ、決してないね。Q4)総評は?
結果的に、わたしには非常に合っていました。 2、3回のセッションで、かなり劇的に好転したといってもいいと思う。 6ヶ月ほどで、一応、終了しました。 費用は、カウンセリングが90分で1万円、トランスセッションは2〜3時間で2万円だったと思います。
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催眠(Hypnosis)や深層心理を使った療法も、年々進歩しているんだろうと思います。
わたしが受けた方法は、どうやら、サバイバー向けにかなり特化した工夫が施されているように感じました。たとえば、トランスに導いてもらった後、いきない問題(たとえばトラウマの記憶)を扱うのではなくって、まずは自分を守ってくれる「光」に全身が包まれるようにし、さらに遠くの丘の上の大きな木までゆっくり歩いてゆき、そして木の根本から一段ずつ階段を下りて行く。
一段降りる度に、トランスもリラックス感も安全感も深くなるように誘導されていたしね。
セッションが終わるときも、はじまりとは逆の道筋を通って、ゆっくりと帰ってきました。
全体として、安心とリラックスを常に感じられるように配慮して、割と心地よい体験でしたよ。そうそう、他にも、セレモニー(シンボル・儀式)とトランスを併用したセッションもして、効果がありました。
トランスに入れるかどうかは、わたしの場合はセラピストに対し、どのくらい信頼感をもてるかどうかにあったように思います。
今振り返ってみると、そのセラピストの方は、「誠実」な方だったと思います。
男性サバイバーのカウンセリングは初めてだと言っていましたが、男性性被害の知識もちゃんとありました。
スキルアップのために2年に一度だったかな、アメリカまで講習を受けに通っているそうで、その講習を定期的にクリヤーしないとセラピーをする資格がないようなことも言ってました。ヒプノシス(催眠)や深層心理に働きかけるセラピーでは、どんな療法を選ぶかより、誰をセラピストに選ぶかのほうが、遙かに重要だと感じますね。 つまり、療法ではなく、人で選ぶ。
以上は、わたくしの体験&感想でした。個々人によって同じセラピーでも体験・感想・効果もちがってくるかと思いますので、あくまで参考にとどめてくださいませ。
03/10/11 :回復を目指す加害者の言葉から。「今日一日性加害せず性的な問題を起こさずに生きられたことに感謝します」
「今日一日、行動を起こさずに生きられたことに感謝します」
「今日一日、行動を起こさずに、踏みとどまれた自分は偉い」
「今日一日、こらえて、良く頑張った」03/8/23:『生きる勇気と癒す力』の復刊投票がはじまりました。
実は、この本の原書には英文のテープも販売されていて、2人の著者の肉声を聴くことができます。その中で、エレン・バスさんがおっしゃるには、原書が書かれた当時1988年当初は、女性サバイバーのニーズを想定していた。しかし、このテープの録音段階では、男性サバイバーも男性サバイバーがこのテープを聴くことを、歓迎する(welcome)という意味のことを述べています。そして、すべてのサバイバーが癒される価値があり、成長することができる、とも話しています(らしいです(^_^))。今から5年前、日本には男性性被害について書かれた文献も情報もまったくといって良いほどなく、当然、男性背サバイバーを診てくれるセラピストもごく限られていた中にあって、この「welcome」ということばに、どれほど勇気付けられてことか! ああ、ここにわたしの苦しみを分かってくれる人がいる、そう思うと、ほんとうに一縷の希望を得た気がしました。
03/7/22:引きこもりに訪問サポートが有るんだから、サバイバーに対しても同じものがあってもいいのにと思うが、どうなんだろう。
03/6/22:大阪のピースwithアクションに参加。500人くらい来ていてにぎやかだった。パーカッションと、背高女が面白かった。1分間メッセージで自助グループの一人としてステージに立つ。他のメンバーが一人駆けつけてくれて、一緒に立ってくれた。打ち上げも参加。その夜、聴取から責められているような夢を見てうなされた。自分では大丈夫と思っていても、まだカムアウトは大変なんだな。
03/6:カウンセリングは相当役にたっている。母からの電話について、自分のほうにまったくといっていいほど、コントロールできる部分がないことなど、気づかせてくれた。腹式呼吸も教えてもらって役に立った。なぜ自分一人で腹式呼吸をすると上手く行かないのかも分かってきた。また、カウンセリングで話し合った事柄をツボに入れて行く方法も上手くゆく。
03/5/20:5月6日、京都カウンセリング初回、13時から50分。内科に寄ってそれから、出掛けた。早く付いたので、床のあるお店で、しぐれ丼を食す。カウンセリングでは、一通り課題と希望を話した。終了当夜、京都駅までずっと歩いて帰った。その夜、夢の中で父親に殺されそうになった時の感情がよみがえってきてうなされた。翌日は戸締まり強迫症が出た。カウンセリングにいって良かった、幸福だとも感じた。
13日、別のカウンセリング初回、西宮市、90分の予定が3時から5時20分まで。晴れ。緑の多いキャンパスが印象に残った。自分の課題を記したプリントを郵送した。たくさん話しを聴いてもらった。また、父と母の問題を話すとき、感情がいっぱい出た。
20日、京都カウンセリング2回目、100分。昼間だというのに雷雨。話し合ったことは、前回の内容の感想。前回話した内容を整理したプリントとMSVのプリントを渡した。母からの電話を拒絶せずにどうやって受けるかの件(カウンセラーとの話しから母にノーと言えない、主体性が得られないことが分かってきた。対策として、マジックラインを使う、「固い心」を使う、その話しは話さないで欲しいと伝える、の3つを試みてみることになった)。やっぱり母の問題が大きく逃げられそうにない。煉瓦積みの固い境界線とマジック・ラインについて話す。自分の心と相談して、NO、YESの2つの他に、「待って欲しい」も使えるようなった。クールダウンが上手くいなかったので、終了10分前にカウンセリングの内容をツボにいれるイメージをしてもらった。ただ、このイメージは効果がありすぎて、入れたモノを取り出しにくくなってしまった。(笑)
全体に、今はカウンセリングに適した時期だと思う。現在、カウンセラーは確かに鏡の役割をしてくれている。成果がつぎつぎ出てくる。
03/5/20:【男性サバイバーは21世紀の男性モデル】
回復が進んでくると男性サバイバーは、社会のあらゆる暴力や不当な抑圧にNO!って言える強さを身につけることができるようになる。
また、傷ついた仲間を優しくいたわることもできるようになる。
ほかにも、自分の感情を感じそれを表現する力もつくし、他者に対する共感能力も、他者とつながる力も飛躍的に高まる。
これらの「強さ」と「優しさ」を男性サバイバーが身につけたとき、男性サバイバーは21世紀の一般男性のモデルの1つになれるんだよ。
戦争や他人の上に立つことばかりが奨励された従来の男性モデルとは違ったモデルを示せるんだよ。
性被害を受けた男性っていうと、つねに否定的なイメージがつきまとうけど、ほんとうは人間としてもっと素敵な力を秘めているんだ。
がんばれ! 男性サバイバー!
今はつらくても、この先、きっと君の成長が待っている!03/5/20:ちょっと、分かりやすく書く時間がないけど、ネットやミーティングでの「分かち合い」に慣れていない男サバ(たぶん女サバも)が犯しやすいミスに、次のようなケースがあるようです。
・他人に侵入する。相手のプライバシーを詮索したくなる。相手が拒否しているのにメールを出す。
・他人の投稿を批判する。他人のカキコを勝手に引用する。
・他人の投稿に、自分の過去や加害者を投影する。つまり、相手を加害者のように感じたりすることね。
・攻撃的なYOUメッセージ(あなたを主語にして語る)でしゃべるなど。そして、もし自分の過ちに気が付いたら「謝る」ことが必要です。
また、仲間として、他の男サバが他人を傷つけたときはそれを指摘することも必要になるでしょう。
サバの中には、対人スキルが不足しているケースがあるので、そのへんを発達させることも、サバイブの過程に含まれることがあります。
それから、大切なことは、上記のようなことで傷ついた男サバ自身の傷が十分に癒されることです。************************
掲示板のカキコミから【男女のサバイバーの分かち合いについて】
正直言って、男女のサバの分かち合いはそう簡単じゃないと思いますよ。
やっぱり、ネットでもミーティングでも、まずは同性同士で分かち合いの経験をたくさん積んで、ある程度回復が進んでからのほうが安全だと思います。それに、男女のサバの分かち合いでは、洞察力やインテリジェンスも必要です。
わたしは3、4人の女サバと、1対1で直接会って分かちあったことがあるけど、とってもステキナ経験になっています。
それが良かったと感じられる理由は、やっぱり、「相手に侵入しない」という大前提を、互いに守ったからだと思っています。
今後男サバと女サバの出会いが増えてくると思うけど、男女が分かち合う時は、相手の状態を良く見極めたほうがいいと思う。
ジェンダーや性差、男らしさ、女性らしさも、論議の的になりやすいですね。
特に、性的な課題(セックスや自慰)は、相当慎重にしてください。
十分に互いの安全感が確立するまでは回避したほうがいいでしょう。
また、逆に互いに交流が深まって「慣れ」て来たときもアブナイです。慣れから境界侵犯が起きたりするからです。
追伸:わたしは、男女のサバの分かち合いでは、基本的には、女サバの方のお話しを「聴く」ことが好きです。そこにたくさんの気づきがあるからです。
ただ、これは相当くろたけの特殊な特質を反映しているかもね。
それと、女サバの方の話しに、そんなはずはないとか、オトコとやっぱり違うって感じたとき、それは自分の気づきの良い導きになるなあ。
後は、相手に反論したり伝えたいことがあるときは、アサーティブに伝えておくことかな。(^_^)
03/4/30:【4月1日のパートナーへのカムアウトを振り返って】実のところ、3月にあることがきっかけで、数年に1度の大きな波に見まわれて、回復のらせんを大きく一回りし、ことあろうか、サバイバーからビィクティムの地点に戻ってしまったんです。ああ、もうわたしはこの問題から一生逃れられないのか、ああ、やだ、やだ、って子どもみたいにだだをこねています。(笑)
毎日がジェットコースターで、小さならせんを毎日、何回、何回も描きながら、ちょっとづつ問題を整理してます。回復のステージを大きく1段階上がったことは確かなんですが、でも、またサバイブを最初からやり直さなくちゃなったようです。
課題は、だいたい5、6個あるんですよ。母からのアビューズといよいよ向き合わなくちゃならなくなったこと、妻にカムアウトしたこと、小学生くらいのインナーチャイルドが突然表れたこと、傷ついた「内なる女性」を癒さなくちゃならないこと、親密さが怖くなったこと、およびその他です。
ある朝、わたしは台所でこらえきれずに、わんわん泣いてしまったんです。それで、結果的に妻に説明しなくちゃならなくなったんです。少しずつ、何回かにわけて、話しました。最初はほんの1分ほど「ぼくには向き合わなくちゃならない過去があるんだ」と説明しただけだったんだけど、わたしはびっしょりと汗をかいて、下着を換えなくちゃならないほどでした。
ただ、アビューズの具体的な内容は、妻を巻き込みたくないので、話さなかったんですけどね。結果的には、順調に受け入れてもらうことが出来たし、妻に対するケアもかなりできました。実際にカムアウトしてみると、サバイバーがパートナーのためにしてあげられることって、たくさんあるんだなあって思いました。
一般的にはサバイバーがパートナーからケアしてもらっているように思われているけど、サバイバーの回復が進むとその逆もあるんだって思いました。基本的には、自分の状態を含めていろいろ情報提供をすることと、次に、余裕があれば妻の気持ちを聞いてあげることだと思いました。
妻は、「この結婚はいつまで続けられるのかなあ」とも思ったって。そりゃあ、夫が性虐待のサバイバーだって突然知らされたら、不安になるよねぇ。
それに、「わたしはあなたに何が起きたか尋ねることができない、どう対処して良いかわからない、あなたの身体に触れることもできない」と、無力感と疎外感にとらわれたようです。また、自分では気づいていなかったんですが、時々、わたしは突然シャッターを降ろしてしまって自分の世界に入ってしまうことがあるようです。こんなとき、妻はなにか傷つけることを言ったかなあ、したかなあと、自分を責めてしまうそうです。
これらはどれも、サバイバーのパートナーに見られる典型的な反応なので、おもわず可笑しくなってしまいました。
でもパートナーにとっては切実なので、こんなときは、やっぱりこんなことをして欲しいとか、これはして欲しくないとかって、話すことだなあ。それから、家で何度目かの大泣きの時には、発作がおさまるまで、妻にハグしてもらいました。今まではいつも一人で泣いてきたけど、人肌の温かさを感じながら泣くのも良いなあって思いました。これまでは、何も話さないことで自宅が自分にとって安全な場所になるようにしてきたけど、これからはカムアウトしたことで自宅と家族が安全な場所になるようにしたいと考えています。
男性って、男らしさにとらわれているためか、手放しであるがままに泣くっていうことは、少ないですよね。
でも、こんな風にむき出しの自分のままで涙を流せる場所がある幸せ、それを受け止めてくれる人がいる幸せって、ほんとうにあるんだなあって思いました。それに、昨日は、家族で夕飯を食べながら、カムアウトした時の互いの気持ちやアビューズについて話したんですよ。
普通だったら、あるいは一般の人にとって、とっても話しにくいテーマを、子どもと一緒にご飯をたべながら、穏やかに話している時がくるなんて、以前にはとっても想像できなかったです。
でも、こういう風景が、未来のどのサバイバーの家庭でも起きるようになるといいなあって思います。で、まあ、そんなん、こんなんで、先日は、受け入れてくれた御礼に、妻に花を買って帰りました。(^_^) お花を送ってパートナーに感謝の気持ちを示すっていいアイデアでしょ。
でも、花を渡すのはすごく照れくさかったです。(笑)最近は以上のように他の複数の課題が同時進行で起きているんで、やっぱりたいへんなんですよぉ。いずれにせよ、これらの全ての問題を一遍に片づけるのは無理なので、なんとかいったん棚上げして、その上で、長期契約できるセラピストと、ゆっくり取り組むしかないかなあって思っています。
:*:・'゜☆。.:*:・'゜★゜'・:*:.。.:*:・'゜☆。.:*:..:*::・'゜☆。
わたしは、ある日、過去の重さに堪えきれなくなって、朝から台所でわんわん泣いてしまって、突然にパートナーに説明しなくてはならなくなりました。
後で、パートナーに聞いたら、外に聞こえるほどの大きな嗚咽だったそうだよ。←これからは「泣き虫クロちゃん」とでも呼んでおくれ!(笑)
でも、日頃からパートナーどう告げるかも考えていましたし、サバイバーとのパートナーシップを考える自助グループにもずっと参加していたので、わりとスムーズに行きました。
それでもたいそう緊張して、ほんの1、2分の説明だけで、冷や汗をたくさんかいてしまって、その後でTシャツを交換したほどでした。(笑)
パートナーはわたしの過去を知ったとき、「何もしてあげられない、(傷つけそうで)質問することもできない、(からだに)触ることもできない」と、無力感にとらわれたそうす。
それを聞いたとき、あまりにパートナーとして典型的な反応なので、思わず可笑しくなってしまいました。
でも、サバイバーのパートナーってそいうもんなんですよね。
じつは、わたしも20代の頃の恋人は、女性サバイバーだったんです。
ただ、ほんとうは、サバイバーがパートナーを助けてあげられることもたくさんあるんですよ。これに気づけると、サバイバーも多少は楽になれますけどね。(o^_^o
幸いわたしのパートナーはたいへん物わかりが良く、サポーティブなんでずいぶん助けてもらってますが、それでも性被害の過去って思いなぁ〜。
まあ、てなわけで、以前はパートナーに何も話さないことで、住んでいる場所が安全になるようにしてきましたが、これからは話したことで安全になるようにしたいと思っています。03/4/26:【加害者のアイデンティティの変遷について】
加害を反省し、再度誤りを犯さないと考えるようになったら、それは加害者じゃないと思うよ。
性被害者のアイデンティティ(自己認識)が、ビクティム(犠牲者)→サバイバー(回復に向けて歩む者)→ガーディナー(自己を成長させてゆく者)と変化してゆくように、加害者にも、加害者→元加害者→加害を自己の人生に統合(和解)して行く者、というアイデンティティの変遷があるんだと思うよ。
加害者のそれぞれのアイデンティティをなんて名づけるかは、当事者にその権利があるよね。(^_^)03/4/26:人間のこころは、生まれた時からあるわけじゃない。だれかが微笑んでくれて、微笑み返す時から、こころが生まれる。こころは自分の中に自然に生まれるわけじゃない。心は他人が作るんだ。とすれば、性は? 性は、一人で存在する? 性は思春期の訪れとともに自分の中に生まれ、他者との関わりによって完成したり豊かになってゆく。だったら、性虐待は? 性虐待によって生まれた心って、なに? 他人との良き出会いによって、心がよみがえってゆく。心の回復もまた他人の力が要るのか。
03/4/26:花に清香あり、月に影あり。春、雨中に深し。花を踏みてともに惜しむ、少年の春。
‘裸足で歩きだそう’:この社会に、男性サバイバーのために用意された合う靴はない。だったら、裸足で歩きだそう。もし、靴が欲しくなったら、自分で作ろう。
もし腕が2本あったら、一本は自分のために、もう1本は社会のために使いなさい。
03/4/26:加害体験を自分の人生に統合(和解)する方法を考えてみました。
もとより、下記は、加害を悔い、反省していることが前提になっている。
加害を反省し再加害しないと誓う態度は、もっとも人間的でヒューマニティに富んだ行為だと思う。
過たない人はいない以上、そのような人を援助することは社会の責任だとも思う。☆加害当時の自分に戻って、当時の被害者宛に「郵送されない手紙」を書く。(手紙は実際には郵送しない)
☆セラピストに頼んで、イメージ・セラピーをしてもらって、当時の被害者に、イメージの中で謝る。上手くいくと、効果は期待できる。女性サバイバーの中には、この方法で統合を試みた人もいる。
☆ノートに加害にまつわることを書き上げ、ほぼすべて書き終わった段階で、自助などのメンバー1人を選んで(先輩のサバイバーででサバイバーの加害に理解ある人ならベスト)、あるがままに聴いてもらう。その後、自分が出来るかたちの償い、たとえば、公園の掃除などの社会奉仕を続けるとか、自分の加害体験を公に語ることで社会に貢献するなどを行う。
☆あと、サバイバーの加害がしばしば「再演」であることや、性的な過覚醒(被害後の影響で性的な高ぶりを感じることがあるようだ)によることも理解しておくと、自分がなぜそういう行動をとったか理解できる。
いずれにせよ、「自分を許して欲しいために」、被害者に会いに行ったり、手紙を出すことをしてはならない。(場合によっては、忘れていた被害体験を思い出させたり、PTSDを発症させることもあるかも)
被害者から謝罪や賠償を求められた場合は、誠実に応じる。
もとより、自分の限界を超えてまで、賠償などに応じたり、責任を取らなくても良い。これらのことを一人でする事が難しいときは、サポートをカウンセラーなどに求める。わかってくれる人に出会えるまでサポートを探すのがコツ。
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03/4/22:【掲示板でのレスを付け方・サバイバーの話しに答える】性被害の掲示板では当事者であっても、レスを付けるのは、なかなかに難しいですよね。もちろん、わたしにとっても難しいことです。
それで、下記に、わたしがレスするときに気を付けていることを書きました。他にも良い方法をご存知の方は、教えてくださいね。基本的には、レスは、相談者を批判や説教したり、軽視したりすることなく、共感的で受容的なレスが望ましいと思います。、
もちろん相手の体験を信じることが、もっとも重要な第1歩になります。
信じること、共感的であること、受容的であることといった態度が、性被害の話しを聴くとき、わたしがもっとも大切にしていることです。ただし、相談者が自他を傷つけようとしている場合は別で、自分や他人に向いた加害を止めるように告げ、同時に止めるために何ができるかを一緒に考える姿勢が必要だと思います。
それから、一般的には「○○すべきだ」といような「べきアドバイス」ではなく、自分の場合はこうした、こんな工夫が役に立ったとう「分かち合い」が、より良いのではないかと思います。
あるいは、こういう方法もあるし、こんな考え方もあるよという選択肢を増やすような提案が良いと思います。もちろん、情報提供(性被害の一般的知識、使えるホットライン、セルケアの方法、身近な人との関わり方、など)も役に立ちます。
男性サバイバーも、一人が二人を助け、その二人がさらにそれぞれ二人(計4人)を助ける。そうやって、サポートの輪が広がってゆくことを願っています。
また、いろんな自助ミーティングが各地で活発になったり、仲間や社会に性暴力の実態や回復のポイントについて伝えることがはじまったりして、男性サバイバーも力を合わせられるようになるといいなあって思っています。
なお、サバイバーの話しを聞くときの基本として、森田ゆり『子どもの虐待』(岩波)P.47頁以下の「緊急カウンセリング」が参考になります。
:*:・'゜☆。.:*:・'゜★゜'・:*:.。.:*:・'゜☆。.:*:..:*::・'゜☆。
【補足1】それから、一般論にすぎませんが、比較的上手にレスが付けられる方法としては、「私は・・・と思う」「私は・・・と考える」「私は・・・という経験をした」というように、「私」を主語にして語る方法です。いわゆる、I(アイ)・メッセージですね。
これは、自分のことを語っているのであって、相手をコントロールしようとしてるのではないとう意味合いも含みます。
ちなみに、「あなたは・・・・だ」「あなたは・・・である」という「YOUメッセージ」は、時に相手への評価や断定となり、はなはだしきは攻撃的な意味合いを含む場合もあります。
もちろん、Iメッセージだけで、すべてのレスが付けられる訳ではありません。
また、これらは状況や話しての使い方次第であって、YOUメッセージがかならず評価や攻撃的であって、Iメッセージが非評価・非攻撃的になるとは限りません。
YOUメッセージでも最良のメッセージとなることもありますし、使い方によっては、Iメッセージでも相手にダメージを与えることはできますもの。また、アサーティブまたはアサーションというコミュミケーション術は、たいへん参考になります。
●アサーティブ・ジャパン
http://www.assertive.org/
●アサーティブネス訓練の研修(エンパワーメントセンター・宝塚)
http://www4.osk.3web.ne.jp/~stmorita/2003kouza.htm【補足2】サバイバーが自分のことを話し出した時、聴き手にとってもっとも大切なことは、「サバイバーの話しを信じる」「共感的に聴く」ということだと思います。
もちろん、「聴く」は、「聞く」(なんとなく耳に入ってる)ではなく、「聴く」(心を傾けて聴く)です。
サバイバーの話しをじっくり聴くことができたら、もうそれだけでOKです。最良のサポートをしたことになります。
もし、何かメッセージを返したいのでしたら、次のようなことを伝えると良いと思います。(1)「話してくれてありがとう」
サバイバーはこんな話しをして悪いなとか、性的な話しで気持ち悪いと思われているかもしれないと思っていることが多いので、話してくれて良かったという気持ちを伝えます。
サバイバーは自分の体験を誰にでも話すわけではありません。たいていの場合、この人なら信頼できると感じた人に話すのです。
その人の人生の真実に耳を傾けること、その人の真の苦しみに耳を傾けることは、聴き手にとっても最良の栄誉であり、ささやかでも回復の手助けを出来たことを光栄に思ってよい、とわたしは思います。それから、サバイバーが泣き出したら、泣かないでと止めないでください。そっと見守るのが良いと思います。
取り戻せない過去を嘆き、堪えきれない痛みを感じながら涙を流すことは良いことです。
悲しみを表現することは、加害者へ怒りを表現することと併せて、男性サバイバーにとっても回復への力となります。
男性が涙を流すことを良しとしない社会にあって、あなたの目の前でその男性が泣いているということは、それだけで、もう、あなたを信頼し、安心できる場所になっているということなのです。
信頼と安心の保障こそ、サバイバーに対する最良のサポートです。(2)「あなたの話しを信じる」
この社会は、性被害にあったことについて、ほんとうになかなか信じてもらえない社会です。
まして男性性被害となると、信じてくれないのはもちろん、好奇心や嫌悪感を示されたり、男らしく無いと見なされたり、汚れモノのように扱われたり、笑いの対象にされたりします。
だからこそ、あなたが彼の体験をあるがままに信じることが、回復の第1歩になるのです。
性被害は秘密の中で起き、秘密の中でそのダメージが一層深くなってゆきます。
サバイバーにとって、秘密をうち破ること、すなわち話しを信じて聴いてくれる人に「出会う」ことが、かけがえのない出会いになるのです。(3)「あなたが悪のではない」
サバイバーの精神的なダメージの特徴に、「自分が悪かった」「自分は汚れている」という自責感があります。
これは、サバイバーの傷つけらた内面から血が流れるように出てくる痛みの感情と、それから世間が加害者ではなく被害者を責めるという社会的偏見から来るものがあるようです。
だからこそ、あなたが悪いのではないと伝えることが大切になります。
もちろん、理論的にも、加害者が悪いのであって(被害者の人権を取り上げている)、被害者は悪くないんです。
ただし、この自分が悪いとか汚れているという感覚は、すぐには取れないことがあります。
そのようなときは、聴き手の意見を押しつけたり、説得したりしないようにしましょうね。(4)「あなたは一人ではない」
男性性被害者もまたたくさんいることを伝えることで(注)、男性サバイバーの孤独感が癒されることがあります。
「孤独」「恥」「自責」は、男性サバイバーの心をいつまでも、繰り返し蝕み続ける3つの大きな障害です。
これまでの自助ミーティングやこの掲示板での出会いに見るように、実際に仲間に出会い、体験や気持ちを分かち合うことは生きる力となります。
当事者同士の語り合いであればこそ、恥ずかしがることなく自分の体験を語れるようになります。
そして、繰り返し語り合うことで、孤独や恥辱や自責からも解放され、やがては自分をも肯定し、あるがままの自己に自信を持てるようになるのだと思います。
もちろん、当事者でなくても、サバイバーの気持ちを理解し寄り添うことで、彼の孤独感を癒すことが出来ます。なにも出来ないように思えても、彼を理解し支えようという態度が、サバイバーの痛みを和らげてくれるのです。
なお、被害直後や自己の被害体験と向き合い始めた当初は、他のサバイバーに出会うことや話しを聞くことを、怖いと感じることもあります。また、他のサバイバーの体験を聞くことが再外傷(さらなる傷つき)となることもあるので、そのような場合は、サバイバーの気持ちを尊重してください。この他、聴き手は問題が大きすぎると思ったときは、一人で抱え込まないようにしましょうね。
サバイバーに他のいろんなサポートを探したり、作ってゆくように薦めてみましょう。
本から知識を得ることも役に立ちます。
それと、つらくて話しが聴けなくなったら、素直に話しが聴けなくなったと告げて、聴くことを中断しましょう。
誰でも、専門職でも、サバイバーの話しを聴くことは辛くなることがあります。それは人間として当然の気持ちなのです。:*:・'゜☆。.:*:・'゜★゜'・:*:.。.:*:・'゜☆。.:*:..:*::・'゜☆。
(注)以下はわたしの不正確な知識です。
北米での調査では、チャイルド・セクシャル・アビューズ(子どもへの性的虐待)の全体の25%が、未成年の男子だというデータもあり、また近年は女の子も男の子もほぼ同じ比率で何らかの性被害にあっているようだと言う人もいるようです。女の子の3人に1人、男の子の7人に1人が、18歳になるまでに、セクハラなどの被害を含めなんらかの性被害にあっていともいわれます。
このサイトの掲示板に、2年間に60人を超える男性サバイバーがカキコミをしてしてくれたことを考えると、日本でも膨大な数の男性性被害者がいまだ声も上げられずにいることが想像されます。
また、女性からの被害も少なく、フィンケルホー氏の1984年の報告だったと思いますが、女性サバイバーの5%、男性サバイバーの20%が、女性から被害を受けています(正確なことを知っている人は教えて)。
当サイトでも、女性からの被害例のカキコミが、2割くらいはある感じです。母親からの侵入が一番多いようで、近所の女性、姉、教師、学校や園の友人や先輩、会社の同僚、援助職までさまざまです。同様に、近年は子どもによる性加害の調査も始まっていて、10代の子どもを中心にかなりの加害をしているようです。
当サイトでも、性的いじめや未成年者による性的虐待のカキコミが目立って多いと言えるでしょう。また、成人男性に対するセクハラは、EU(ヨーロッパ)の調査では、セクハラ全体の10%を占めるとされ、男性に対するセクハラも禁止されているそうです。
法律に詳しい方から教えていただいたところでは、日本では現在のところ、「男女雇用機会均等法」(職場におけるセクハラ)では女性のみが保護の対象で、男性は対象に成っていません。ただ、男性に対するセクハラも、民法上の不法行為責任を問うことができ、実際に、2001年(だったかな?)には民事訴訟が起きています。
もちろん、男性が被害者であっても、強制わいせつ罪などの刑罰法規に触れる事件ならば、加害者は刑罰の対象になります(強姦罪はまだ日本では男性に適用されないが、欧米ではメイル・レイプとして適用されつつある)。
また、未成年者に対するわいせつ行為は、各地の青少年保護条例などで罰せられると思います。
03/4/20:つらいなあ 投稿者:くろたけ 投稿日:2003/04/20(Sun) 00:11 No.2215
あ〜あ、つらいなぁ。
ほんとうに、まいってる。
形こそ違えど、3度目の、親密な領域への侵入を受けてしまって、あ〜ぁ、ってなもんよ。(笑)
う〜ん、ダメージが広範囲にわたっているなあ。これまでわたしは自分の回復を疑ったことは1度もなかったし、回復を夢見て粘り強く闘ってきたなあって思うけど、だけど、今回だけはさすがに、自分の中に治らない部分もあるんだろうって思うようになった。
【注意:以下は性的描写を含む】
特に、「親密さ」に関しては、どうにも欠落感が埋まらない。
セックスはパートナーとともに努力し試行錯誤すれば、出来るようになることは、自分の体験からわかった。
しかし、孤独感、さみしさ、ひとりぼっちという感覚は、上手にセックスが出来ても、埋まらない、埋まらない。もちろん、セックスと親密さは、別物としても存在しているんだが。
う〜んと、潜在意識としてある自己の親密さの領域に、3人の女性が侵入し侵害し、出ていってくれない。
出ていってほしいのになぁ〜。
彼女たちが、わたしの深いところで、何かを、魂を、蝕んでいる。〜〜 わたしには手がない。性に触れるべき手がない。
わたしには手がない。親密さを感じるべき手がない。 〜〜☆ ☆
わたしはよっぽど、女性や女性サバイバーに侵入されやすい質らしい。
女性って腕力(身体的暴力)によって相手を支配することは少ないようだが、「親密さに乗じたり、親密さを演出して」、利用したり侵入したりしてきた。
わたしのケースでは、みな悪意からじゃなくて、女性らしさから(もしくは女性らしさを装って)、そういう行動になっちゃったらしい。「あなたが必要なの」「あなたのためなの」「これは前世から決まっていたの」「こんなことを相談できるのはあなたしかいない」「愛しているからこうするの」、、、、う〜ん、これからは気を付けようっと。(笑)
わたしっていうサバイバーは心の中の境界線も曖昧だし、親密さをもっとも欲していて、それに女性依存もあるし、、、。
親密さを示されると、無意識の内にどこまでも自分の心を開いてしまうらしい。
でも、通常の人間なら、他人を入れてはいけない心の領域ってやっぱりあるんだ。
そこまで時に容易な侵入を許してしまうのは、やっぱり性被害にあっていることに原因があるのかなあ。
親密さに関する境界線が壊れているんかなぁ。(笑)親密さを示されると、扉を開くかしめるしか無いという状態らしい。
03/4/19:【重要】男性サバイバー=加害者でないことに注意! 投稿者:くろたけ 投稿日:2003/04/19(Sat) 08:43 No.2211
皆さんに、わたしからお願いしたい重要なことがあります。
それは、皆さんが男性性被害者による加害を語るときや、サバイバー自身が自己の加害体験を語るときは、「男性サバイバー=加害者ではない」ことを、必ず付け加えてください。
北米などの調査でも、多くの男性サバイバーが加害をしていません。「すべての男性性被害者は加害者である」という「神話」(誤った情報)が広まることが極めて危険であることは、当サイトで引用している「神話と事実」の#6が述べている通りです(下記英文)。
もしこのような神話(誤った情報)が広まった場合、性被害にあった男の子が「自分はもはや将来加害者になるしかないんだ」と、自分の人生に絶望してしまう恐れがあります。
また、援助が必要なケースであるにもかかわらず、セラピスト(援助職)から潜在的な加害者と見なされることを恐れてセラピーや自助グループに通えなくなります。
同様に、セラピストが男性サバイバーを、最初から潜在的加害者として扱うような治療上望ましくないリスクも生じます。
ほかにも、自分の子供を性虐待してしまうかも知れない恐怖から、恋愛や結婚に積極的になれないようなこともあり得ます(妻が、夫が我が子を虐待しないかと恐れることも起こり得る)。
さらにわたしの立場から言うと、男性サバイバーの自助グループ=加害者の集まりと見なされてしまう可能性があることを、最も懸念しています。サバイバー(男女とも)による加害を防ぐ上でもっとも効果がある方法はなんでしょうか?
それはやはり、「サバイバーが被害体験を話し、それを信じてもらい、そして適切なサポートを受ける」ことだと思います。
ところが、何度も言うようですが、上記の神話が広まると、被害者はますます被害にあったことを話せなくなってしまい、いっそうの孤立が深まり、弊害が大きくなるばかりです。ただし、被害にもとづく加害があることも事実です。
だから、そのようなケースでの加害を防ぐためにはどうしたら良いかという点に、周囲の人々が正しい知識を持ちかつ適切な援助ができるようになって欲しいのです。そのためには、サバイバーに安心して被害体験を話してもらえるような社会環境を整えることがもっとも必要なことであり、その上で加害をするリスクがある場合は、それを避ける方法を工夫するということになると思います(例えば、チカンをしそうなら混んでいる電車に乗らないなど。これはサバイバーが自分を守る方法でもあります。小さな子どもが被害者である場合は、お友達のプラペート・ゾーン(性器や胸やお尻)には勝手に触らないでねと話しておくなど)。
もちろん、トラウマが解消するとともに、加害衝動もおさまるということも大いに期待できます。また、わたしの知っている限りでは、被害にもとづく加害が「再演」であることを説明するとかなり効果がある、つまりなぜ自分が加害衝動を感じるかという理由を本人が理解でき、対処もよりしやすくなることがあるようです。
というわけで、男性サバイバー=加害者という神話が広まらないように、ご配慮ください。
むしろ、回復のためにも加害をさけるためにも、正しい知識と適切なサポートが広まるようにご協力ください。(注)再演とは、被害体験を克服しようとして、無意識の内に、被害者の立場や加害者の立場をくりかえし体験すること、とわたしは理解しています。
再演には、大小いろんなケースがあって、同時に回復へ向けての主体的な意義がある場合もあり一律に回避すべきこととは考えていません。(ただし、自他に加害する時は避ける)●NOMSVによる「神話と事実」
http://www.comcarry.net/~genbu/myths.html
「Myth #6 - The "Vampire Syndrome"That is, boys who are
sexually abused, like the victims of Count Dracula, go on to "bite" or sexually abuse others.」
This myth is especially dangerous because it can create a terrible stigma for the child, that he is destined to become an offender. Boys might be treated as potential perpetrators rather than victims who need help. While it is true that most perpetrators have histories of sexual abuse, it is NOT true that most victims go on to become perpetrators. Research by Jane Gilgun, Judith Becker and John Hunter found a primary difference between perpetrators who were sexually abused and sexually abused males who never perpetrated: non-perpetrators told about the abuse, and were believed and supported by significant people in their lives. Again, the majority of victims do not go on to become adolescent or adult perpetrators; and those who do perpetrate in adolescence usually don't perpetrate as adults if they get help when they are young.* * * * * * * * *
【加害者のアイデンティティの変遷について】
加害を反省し、再度誤りを犯さないと考えるようになったら、それは加害者じゃないと思うよ。
性被害者のアイデンティティ(自己認識)が、ビクティム(犠牲者)→サバイバー(回復に向けて歩む者)→ガーディナー(自己を成長させてゆく者)と変化してゆくように、加害者にも、加害者→元加害者→加害を自己の人生に統合(和解)して行く者、というアイデンティティの変遷があるんだと思うよ。
加害者のそれぞれのアイデンティティをなんて名づけるかは、当事者にその権利があるよね。(^_^)03/4/17: 3つ 投稿者:くろたけ 投稿日:2003/04/17(Thu) 09:00 No.2188
(1)セックスは出来るようになったけど、親密さが怖い。盗まれたのは、親密さだ。
(2)援助職から傷つけられる体験をしたら、サバイバーも一人前かぁ。(笑)
(3)癒しには、身体の癒し、心の癒し、魂の癒しの3段階がある。わたしは、ようやく魂を癒さなくてはならない段階に到達したようだ。これはやっぱり成長しているということなんだろうけど、でも、同時に癒しは楽ではないということを身をもって知ることでもある。
03/4/11:あ〜ぁ、サバイブ人生。 投稿者:くろたけ 投稿日:2003/04/12(Sat) 22:07 No.2154
3月以来、いっぱい問題が出てきて、1日中ぐるぐる、ぐるぐると順番に考えている。
先日の木曜日には、職場で自分が性的虐待のサバイバーであることを話してしまった。みんなギョッとして、視線が一斉に集まってきた。
でも、いずれは話そうと思っていたから、かえってサバサバして気持ち良かった。(笑)それから、4月1日には、パートナーにもサバイバーであることを話した。いろんなことが一遍に動き始めているなあ。
昨日から今日にかけては、母からのセクシャル・アビューズ(視線と言葉による性的侵入)について、延々考えている。
昨日と今日の昼間は、ぎりぎりまで気持ちが追いつめられてしまって、一所懸命、腹式呼吸したり、良い思い出を順番に思い出すセルフケアをした。
日曜の午後は、もう動くのもイヤになって、たたみに伏せたままうつらうつらしながら、母からのアビューズ(虐待)を思っていた。
すいぶん気持ち悪いイメージも浮かんできて、こんなことを他人に話したら絶対変態だと思われるなぁと思いつつ、こういう自分も自分では受け入れてあげたいなあぁ、とぼんやり、、、。
ただ、この1ヶ月くらい、どういうわけか夕方から夜になると、気持ちが落ち着いてくる。昼間が具合悪いみたいだなあ。そうそう、昨日の夜は、パートナーに柔らかくハグ(抱きしめてもらうこと)してもらって、ず〜っとパートナーの身体に触れていた。このときは、安心できた。
木曜日以前に考えていたのは、先に受けたインタビューのことで、この時は安全確保も境界線設定も何ら対処がない状態で、インタビューを受けてしまったので、全体的にずいぶんな痛手を負ってしまった。
カウンセリングや自助グループは安全の保障が必須条件となっているように、インタビューにはインタビュー特有の安全の保障の仕方があるはずだと思った。
インタビューとは相手の質問がサバイバーの心の中に侵入してくることなので、サバイバーが受容してもらうカンセリングや自助とはあきらかに違う。
サバイバーの状態にもよるが、基本的にはインタビューアー(調査員)が、安全確保に配慮すべきだと思う。だけど、サバイバーがインタビューや調査を受けたときの感想や問題点を語ってゆかなければ、より安全で効果的な調査研究はなかなか出来てこないだろう。
わたしは郵送による虐待の調査ですら、調査票を開封した時点で傷ついたこともあった。
みんなはインタビューを申し込まれたら、気楽に応じられる?
また、だれかインタビューや面接調査を受けた人がいたら、その時のことをここで分かち合ってくれませんか?それと、アメリカやカナダで主流の電話インタビューはどういうやり方をしているんだろう。
だれか知っていたら教えて。人は成功からはさして学ばない。失敗や痛手からこそたくさんの貴重な教訓が得られるのだ。
とすれば、今度のことから、インタビューアーもわたしも双方ともに、教訓を学べるようになってほしいと思う。サバイバーとして生きて行く限り、こんな痛手も負うこともあるだろう。
困ったことだが、今度の癒しには、相当に長い時間がかかりそうだ。
今は、ただ、ただ、はやくこの痛手を癒したい。(^_^)PS:母のことも、インタビューのことも、まだ初歩的な振りかえりにすぎないので、おいおい整理していこうと思う。
03/4/2:ウォーム・アンド・テンダー ‘Warm and Tender’ サバイバーに必要なもの。
03/3/27:インタビュー後に出てきたたくさんの気持ちにようやく整理がつき始めた。まったくこの間、日常の家事以外は、なにも出来なかった。ただただ、繰り返し気持ちに焦点を当て考える日々だった。
性的な分かち合い、セックスをしたかのような感覚、純粋な恋の感情、完全に復元された自然を感じる喜び。インナーチャイルドたち、女性がセックスを許してくれたおかげでなんとか生き延びてこれたということ。恋心の処理。
03/3/27(木):お昼頃、ドライブを始めると、インナーチャイルドが、突然、あらわれた。小学生か中学生くらいか。ほんとうに思いも掛けずに。これが私の本当のインナーチャイルドだったのか。体中が切り傷だらけで、地べたに座っている。わたしはどうしていいかわからなかった。消毒液とバンドエイドを渡してあげた。それから、自分のかぶっているキャップを、その子の頭にかぶせてあげた。そして、こころの中できっと迎えに来るよとつぶやくと、その子がニッコリ笑った。なんで、こんな暗い所にひとりぼっちでいるのに、それほど明るく笑えるのだろうう。まるで、わたしを全面的に信頼しているかのようだ。わたしは、きっと傷を癒してあげるよと、心の中で呼びかて、その場を去った。
機会を改めて、その子と会話したいと思った。でも、一人ではできない。わたしの側で力を貸してくれる人が、セラピストの力が必要だ。でも、その子と会話するのが、怖い。なぜ一人でいるのか、その傷はなんでついたのか、なぜ座り込んでいるのか?
PTSDから離脱したというのに、こんな孤独で傷だらけの少年が突然あらわれるとは、思いもよらなかった。わたしの傷は、まだ癒えていなかったのだ。どうりで、以前からイメージしている内なる青年の顔が伏せたままで、力無くうなだれていたわけだ。PTSDを離脱したというのに、その青年の影の薄さはなぜなのか、もっと明るく自信をもってよいのにと思っていた。結局のところ、PTSDからの離脱というのはたんに病的な症状が取れたというだけだったのだ。人生を再構築するのは、これからの作業というわけだ。つらいなぁ。
もう一つの自分のイメージも表れてきた、枯れた大木が幹をギリギリまでねじって、苦しそうに立っている。
というわけで、今日は、悲しくて、悲しくて、涙がいっぱい出た。昨日は幸福で泣いたのに。この2週間というもの、いちどに沢山の感情が津波にように襲ってくる。
今日(3月27日)は一日中、散歩とドライブを繰り返していた。1日中、カノンとツェッペリンを交互に聞きながら。それから、午後には、4年前にPTSDを発症した湖畔へ行ってみた。風が強く、岸辺にはまるで海のように荒い波がつぎつぎと寄せてきていた。その強風のなかを、散歩した。雪ヤナギが、早春らしく数輪の白い花をつけている。足下にあるヨモギの幼葉を踏む。水鳥が強風に舞い、波間に見え隠れする。今日のこの強風の日に、沸き上がるたくさんの気持ち整理しようと、歩いたことを忘れないでおこう。
4年前は、2月だと言うのに、車の中にいると差し込む日差しによって暖かかった。シートを倒して、ちょっと昼寝をしようと目をつぶったら、太陽の明るさが瞼の裏に映えた。そして、しばらくして、突然、記憶が戻ってきた。「彼女はレイプされていたんだ」と。とたんに、大地も青空も、波打って、立っていられないほどだった。
03/3/27:朝の散歩にて:麦の若葉、地面に張り付くように咲いた黄色いタンポポ、土手に群生するツクシ、青い小さな花が集まって咲くオオイヌノフグル、白いナズナの花。今年もすてきな春がやって来た。大学時代、桜花の季節になるときまって歩いていた哲学の道あたりを、今年は好きな人と歩きたいな。
PTSDから離脱すれば、幸せになれると思っていた。でも浮かび上がってきた自己イメージは、からだじゅうが傷だらけで、地べたにへたりこんでいる自分の姿だった。この弱々しさが、本当の自分か、、、。その傷にはサバイブによるものもあるけども、、、。弱さを受け入れるということばが、心につらく響く。
03/3/27:アデクションしていた時のセックスは、セックスとは言えない。恋心とセックスがつながっていなかった。
なにより、セックスによって女性に受けれてもらえるという感覚が、何十年ものあいだ、これまでの自分を支えてきてくれた。このことを悟って、愕然とした。しかし、それがなければ、生きてこられなかった。あの過去の出来事はそれほど、つらい出来事だったんだと理解した。
単に男性だからセクシャル・ディザイヤーが強いんだと錯覚していたのかも。セックスを申し込む前に、相手の幸せを祈るようになった。この感覚は初めてかも知れない。
03/3/27(木):今日は良く泣いた。朝から何度も、しかもさめざめと心から泣いた。涙には3つの段階があった。自分の力が足りなかったと勘違いして泣いた。この時は途中までしか泣けなかった。1年半ほどそんな風に泣き続け、やがて加害者が悪いと思えるようになった。すると、さめざめと自分のために涙を流せるようになった。心から泣けるようになると、自分の心の中になにか温かいものが生まれ、自分がほんとうにいとおしいと思えるようになった。そして、最後まで泣けるようになった。今、回復の喜びの涙を流している。
世界は変わった。世界は美しい! 夕焼けがはじまると、春霞の中を沈んで行く太陽に向かって、白い飛行機雲が二すじ、まっすぐに伸びてゆく。空間認識が広くなった。未来も長く感じられる。
雨上がりに外を歩くと、空中の水の分子の一つひとつが、祝福してくれているように感じる。水分を含んだ芝生を踏めば、その弾力がしっかりと感じられる。足の裏がリアルな地面をとらえている。
03/3/27(木):涙のパワーを信じよう! 怒れ、男性サバイバー! カノンを聞きながら(音楽は悲しみや幸福な感情を引き出してくれる)。恋する心をパワーに変えて(恋はもうできないと思っていた)。
03/3/26:CDをたくさん買った。
今日は、ロック音楽を聴きながら、踊りながら、夕食のポーク・ソティーを焼いた。(笑)03/3/25(火):早春の緑の中、アップダウンのある道を歩く。競技場の芝生を踏むと水気を含んだ弾力がリアルに感じられる。それから、高校生のラグビーの試合を見る。以前だったら性的な臭いを感じていやだった男子高生も、そのぶつかり合い躍動する肉体をすばらしくて且つ健全と感じる。自分も高校時代にそのような伸びやかな肉体を駆使してスポーツをしていたことを思い出した。記憶の侵入が全くないままに、ゲームにも純粋に熱中できた。こんな感覚は何年ぶりだろう。1年前にこの競技場に来たときは、風景全体に灰色のベールがかかって感じられたのに、いまはあるがままに自然の色彩やカゼや水分を感じられる。この自分の鮮やかなまでに動き出した感情に感動した。
子どもと絵本を読んで、心から一緒に笑った。
03/3/25:援助職(精神科医やカウンセラー)への文句を2つ。サバイバーを治療と称して性的搾取するな。援助職がサバイバーとセックスするなんてもってのほかだ。精神病院内でも、精神科医、職員、作業療法士、他のクライアントから、サバイバーが性被害にあっているんだ。もちろんこの中には女性の加害者もいる。女性だからと言って人気のないことを見計らってサバイバーにこっそり抱きついたり、手を握ったりするな。サバイバーは治療のために病院を訪れているんであって、恋人を探しにきているんじゃない。
2つ目に、テレビに出てくる精神科医よ、気軽に「虐待は連鎖する」「性虐待は連鎖する」なんていうな。もっと言葉を尽くさないと、適切な内容が伝わないだろう。このバカものめ! 「虐待は連鎖する」と断片的な知識をひけかすだけで、他の必要な知識や情報を伝えなければ、それがサバイバーを苦しめることになるんだ。援助職、失格!
これらとは別に、サバイバーを診られる援助職のリストを作って欲しい。アメリカのサポート団体のNOMSVがしているように、インターネットでそのリストを簡単に検索できるようにして欲しい。各援助職のキャリア、臨床年数、どんな技術(たとえばEMDR)が使えるか、男性サバイバーを見た経験があるか、もしくは今後意欲的に受け入れる意向か、料金などを併記してほしい。
03/3/14:男性の怒りの特徴について考えた。男性が社会的に唯一表明することが許されている感情が「怒り」である。そのほかの「悲しみ」や「喜び」などは、「男なら泣くな」とか「歯を出して笑うな」などとしばしば言われるように、それら多様な感情を表現することが許されていない。
なおかつ、男性の怒りは、「他人をコントロールするために」表明される感情なのだ。例えば、父親が子どもしつけたり、上司が部下をしかりつけるために怒る。その怒りの究極の形が武力で、まさしくブッシュ米大統領がイラクのフセインを武力で排除しようとするのはその典型。
ところが、性暴力からの回復のためには、あるがままに自分の感情を解放してゆくプロセスが必須だ。あるがままとは、他人をコントロールするために怒ったり、誰かに聞いてもらったり共感してもらうために泣いたり喜んだりするのではなく、文字通りただただ自分のために、自分の心のそこから沸き上がる感情のみに自分自身でつきあってゆくことだ。自分の心に自分の感情を訊くことで、この時他人は関係ない。
男性サバイバーよ、もっと怒れ! 加害者に正しく怒りを向けよ!
なお、他人をコントロールするための怒りは、相手よりパワーがある時じゃないと表現できない。そのため、加害者がが自分よりパワーがあると感じている間は、しばしば男性サバイバーは怒りを感じるのが困難になる。相手より下位の男性がより力の強い上位者に感じる怒りは、ぐっとこらえるか、さもなければ、堪えきれずに「キレル」てしまうかだ。しかし、ほんとうは、下位であってもがまんすることなく怒り伝えてもいいんだし、ノーと言う、誰かに相談するなど、怒りにもとづくいろいろな選択肢もまたあることを理解するとよい。
03/3/12:この2週間くらいかぜでたいへん。6日に大阪で、以前、自助を一緒にやっていた男サバが郷里に帰ると言うので、会ってたくさん話す。1時半に会って、お昼を食べて、4時頃、大阪駅で別れる。満足した1日だった。
03/3/18:「命を大切に」といってもなあ。残された時間で、「与えられた命をどう使うか」「何のために生きるのか」を考えるか。
03/3/:02年3月に離人感がなくなる。同年夏、今後、何をやって生きていったらいいか、ぼんやりと悩む。10月から12月、やっとチャイルド・セクシャル・アビューズに向き合う。不当なことをされたと悟り、悲しむ。03年3月、ときどき腸が煮えくりかえるような気がするが、愛情との板挟みで、どうやってこの体験を処理して良いかわかならいし、なんか宙ぶらりんの気持ちだなあ。今後ひどくなれば、カンセリングに行かなきゃなるまい。今は、オープンにせずに、自分を保つ事が大切だと思う。
愛情と虐待の間に、どういうふうに折り合いをつけたらいいのか、知りたい。
01年の後半くらいから、記憶に侵入されている時間帯以外に、何か別のことに集中いると過去を想起しない時間が生まれてくるようになる。この2つの時間帯が、まるでモザイクのように組み合わさった1日を過ごす。だが、後者の時間がだんだん増えてくる。この3月は、すっかりコントロール感がもどった。
03/03/8:パートナーに近寄られると、思わずからだが引いてしまう。2月1日、パートナーに過去を話す。何も言わないでくれたが、その後は、緊張感もあって、あんあまり気分が良くない。以来、なんか、時々、パートナーにアビューザーがダブルことがあって、イヤになる。
03:言は身の文なり。 (文は飾るの意)
03/03/01:2月23日に「アデクション・セミナー横浜」に参加しました。男サバもMSVのグループ名で参加しました。ホールでの体験発表と、一般参加者の出席もOKとしたオープン・ミーティングをしました。良かった面、トラブル、次回に生かしたいこと、新たな出会いなど、たくさんのことがありました。協力してくださったみなさん、ありがとう。これからは、自分独りで抱え込まないで、仲間の男サバらに、もっと振ろうと思いました。
また、PTSDの最中では自分独りのことばかりを考えていればよかったのですが、メッセンジャーと生きようとすると、いろんな人や団体と関わったり、トラブルの解決に奔走したりと、他人のために力を割く必要もあり、はるかに大変だと実感しました。
03/02:ある詩を教えていただきました。「あなたの人生でもっとも輝かしい時は、いわゆる成功の日々ではなく、むしろ、絶望や失意や苦しみの中から、人生に挑戦しようとする『確かな想い』があなたの胸の中に湧き上がる日々である。」。確かな想いとは『生きる、生きていこうとする』意志だとも教えていただきました。
03/02:‘負けないで、ほら、そこにゴールは近づいて〜る♪ どんなに離れていても、心は側にいる〜よ♪’
女性のレイプ被害者はかわいそうだけど、男性の被害者は男だからがまんしろ、ってか?(笑)
03/1/7:自助がそうであるように、人は同じ経験をした人と話をして、癒されることがある。でも、そこで立ち止まってはいけない。さらなる「サバイバーの使命」に出会って、その先に進むことができる。
人の歩みを止めさせのは、絶望ではない。人の歩みを止めさせるのは、あきらめである。
* * * * * * *
わたしたちには、わたしたちにしか伝えられないものがある。
* * * * * * *
日本社会は本音を語ることを避けてきた(特に性暴力の真実を語ることを)。一人で真実を語ると、変人扱いされたり悪者扱いされたりする社会だ。だからみんなでともに語ることが大事。今後も性被害について語る仲間が増えてくることを希望しています。
日本のサバイバー文化の中には、回復したサバイバーが仲間や社会にメッセージを伝える活動(メッセンジャー)が少ないような気がするなあ。アルコール依存症やACのグループではメッセンジャーとしての活動を奨励することがあるのにな。
社会が人を追いつめてはいけない。それは性被害者であっても、いかなる社会的弱者やマイノリティーに対しても同じだ。
03/?:男性サバイバーの中には、自分の心の中にある攻撃性や怒りを恐れたり、自分の性欲に嫌悪感をいだいたりすることがあるようです。
でも、それが感情であって、悪しき行動に出ない限りは、とりあえずは問題ではないとわたしは思っています。
ただ、闇の感情が自分のなかに渦巻いているときは、サバイバーにとって苦しいんですよね。
人間はいろんな感情や欲望をいだく可能性があると思います。
そして、「感情には良い・悪いはないけど、行動には良い・悪いがある」んだと思っています。
もし悪しき行動に出てしまいそうな時は、信頼できる人に話すなどをはじめいろんな工夫をして、行動化を防ぐようにしなくてはならないと思います。
行動化する可能性はないけど、自分のなかの闇の欲望を何とかして解消したいという時はどうしたらいいんでしょう。わたしにもわかりませんが、ただ、わたしは下のような経験をしました。
わたしはある時期、フェチでずいぶん苦しんだことがあります。
このフェチの話しは自助ミーティングで何度も話しているんですが、電車に乗ると、女性のストッキングを履いた足に視線が張り付いてしまって目を離せなくなってしまうんです。
とっても苦しかったです。
もちろん、そうなるとチカンをする可能性もありますよね。
でも、何度かそのような気持ちを味わい、自分の気持ちをよく見つめている内に、自分にはぜんぜん女性の足に触れる可能性がないことがわかってきました。
足に触れたくらいで解消するような欲望ではなくて、もっと、もっと強烈な感情だったんです。その足と一体化してしまいたいような強い感情だったんです。
その感情の強烈さにすっかりわたしは打ちのめされてしまいました。
結局、そのような状況を避けるために(足に触れてしまう可能性もないわけではないので)、視線が張り付いてしまったら、すぐに電車を降りことにしました。
また、できるだけ電車に乗らないように自分の生活のスケージュールも調整しました。
そうやっているうちに、やがてトラウマが解消するとともにそのよな視線が張り付いてしまうこともなくなりました。
回復が進むとともに、自分の性的なあり方も変わってくるんだなあと思いました。
それから、自助ミーティングでなんどとなくこの話しをしている内に、客観的にこのときの気持ちをとらえることができるようになりました。
また、ミーティングでしっかりこの話しができるようになったので、ほんとうは語るのが恥ずかしいと感じているこの話しも、公の場で語れるようになりました。
というわけで、これが自分の闇の欲望につきあった自分の経験です。
感情には良いも悪いもないのだから、その感情を味わうことは悪いことではないと思っています。
サバイブの過程って、自分の中にある「善良で強い力」を発見してゆく過程だけど、でも時には自分の中の暗い闇の欲望とも向かいあってゆかざる得ないことが起きるように、わたしには思えるのです。03/1/5:Lさんへ電話して、リンダさんの時の会費を昨年郵送したが、届いたかどうかを確認した。年末に新幹線の中からインターネットを使える人を探し、私宛に電話をくれたが、留守でしたとのこと。
昨年末は、アデクションセミナーの原稿作りに追われた。このセミナーに参加を勧めてくれた男サバに感謝。