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くろたけ’s 閑話 その1
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下記は、くろたけ自身の回復のための勝手な独白です。なんびとも非難・批判しないでください。
参考となる箇所があっても、必ずご自分の責任で参考にしてください。

02:以下は掲示板からの転載。
[1282] 当サイトを訪れてくれた方々に御礼申し上げます。 投稿者:くろたけ 投稿日:2002/09/06(Fri) 08:40

開設以来1年半の間に、当サイトを訪れてくれた方々に御礼申し上げます。1年半の間に当サイトをたくさんの方が訪れてくれました。ありがとう。ほんとうは、たくさんの方がここを訪れるのは、あまり望ましいことではないんでしょうが、でも、いろいろな方からお話を聴けてうれしく思いました。

また、少年や男性の性被害をなくしてゆくために、もっと多くの人に男性の性被害の実態を知って欲しいとも思っています。

でも、くろたけはだいぶ疲れましたので、最近、閉鎖(というか出直すまでの一時閉鎖、あるいは掲示板の管理のみ他の人にまかせようかなど)も考えています。ここを訪れてくれるすべの人の安全感を確保するだけでも、疲労しますね。

でも、開いておくだけでも意義があるのかなって思い直しています。(笑)

◆◆◆【1年半の記録:正確に数えていません(私がPTSDを発症しての以来3年間を含む)】◆◆◆

訪問してくれた男性サバイバーは、40〜50人。
女性サバイバーは、10〜20人。
トランス・ジェンダーのサバイバー(性被害者)は、数人。
男性サバイバーの友人や家族が、3〜5人くらい。
サバイバーでも友人などでもない人が、10数人。
カキコしてくれたセラピスト(専門職)は、たぶん1人。
海外で被害にあったケースは、1〜2件くらい?

リンクの申し込みが10件くらい。
取材申し込みが、5件くらい(今のところすべて断っている)

※以下は男性の性被害の状況に限定(女性の被害をのぞく)

被害時の年齢は未成年が多いが、成人も数人いる。
被害者の年齢は、4歳男児〜中年までらしい(中年までがネット利用世代の上限のためらしい。ネットでは年齢は分からない)

加害者が未成年のケース(性的いじめを含む)は、7〜10件程度(もっと多かったかも)。
加害者が大人のケースは、上記以外。
同性間(男性同士)のデート・レイプは、数件。
成人(女性を含む)から成人男性へのセクハラ:2件くらい
ストーカー被害:1件
自傷行為:数件
自殺念慮・自殺未遂:数件

加害者が男性のケースが8割くらいだと思う。
加害者が女性のケース(女性によるレイプをふくむ)は、数件。

加害者が家族のケースは、2〜3件くらい。
その内、父(義父を含む)からのケース、兄からのケースがそれぞれ数件(3,2)ともっとも多く、姉からのアビューズもありる。母から身体的接触をともなうケースは0件と思うが、しかし母からの精神的な侵入や、しつけと称しての性的侵入のケースや男の子の性について理解せずに性的な境界線を超えて侵入するケースがあり、その影響も深刻な場合がある。

加害者が異性愛者であることも同性愛者であることもどちらもある。
被害者が異性愛者であることも同性愛者であることもどちらもある。
同性愛者が異性愛者に加害する事もあるし、異性愛者が同性愛者に加害する事もある。
やっぱり、加害者は顔見知りであることが、圧倒的多数。

被害と被害の両方をもつサバイバーのケースは、2〜4件くらいかも。

これまでの自助ミーティングは9回。
1回の参加者は3〜7人。
参加者は延べ20人くらい。

以上を見れば、少年や男性もさまざまな被害にあっていることがわかる。
もっと社会にこのような実態・データを知って欲しいな。
日本では男性の性被害に関する頼れるデータはまだないなあ。
これもみなここを訪れてくれたみなさんのおかげで、男性の性被害の実地がわかったてきたことです。深謝します。
はやく実態が世間に周知されて、被害者対策がちゃんととられるようになるといいのにね。

02/:夏、4時間も。ちゃんと心配することなく持続。やがて、10月、めんどうって感じ。そして以前よりずっと安心して。また10月には身体がホッ照って寝れない経験も。いろいろ変わって行くなあ。

02/12/14:静岡合同ミーティング&忘年会

02/12/7:大阪ミーティング1周年。一時休会に入る。

02/11/30:森田ゆりさんにお会いしました。(^_^)

02/10:最近、パートナーがセックスを取引の材料に使うようになって、すごく傷つくし腹が立つ。アビューザーと同じことをされている。セックスを断られると苦しくて苦しくて、頭を下げてセックスをしてもらった。

02/10 静岡のリンダ・ジンガロさんの講座に出た。会場について知り合いの男サバに出会うまでは、すごく緊張していた。はじまるまで男サバ3人で、会場のフリースペースでコーヒーを飲んでいたら、リンダさんとLさんと、通訳の方がやってきて、となりの席に座った。リンダさんとわたしは、ちょうど対面する形になった。すると、さっくリンダさんがわたしに気づいて、微笑んでくれた。1年余の再会なのに、覚えてくれてうれしかった。1日目の夜は、同じホテルに泊まった男サバと、居酒屋に行った。仲間とこんな夕食がたべられるのって、夢だったなあ、って感慨深し。静岡市って、新宿みたいににぎやかな繁華街もあるんだな。
2日目には、男性サバイバーのミーティング(5人)もあり、リンダさんが30分ほど話してくれた。こんなに男サバが集まるなんて、歴史的だなあ。一緒に居てくれる仲間がいるので、心強い。電車での移動も、話し相手がいて楽しい。
すべての講座がおわって病院の玄関でみんなでなごりを惜しんでいると、久々にあった知り合いの女性サバイバーが、「握手をしてもいいですか?」って尋ねてくれて、そして握手した。とっても感動した。女性サバイバーの方と触れたのって、何年ぶりだろう。心が通じあえた気がした。
その後、玄関で男サバのみんなと別れて、馴染みの精神科医らとリンダさんを交えて、懐石を食べベる。時間に追われた食事になってしまったが、好き勝手なことを言ってすごく楽しかった。また、大阪の精神科医のSさんとも知り合えた。この席でもサバイバーを性的搾取する精神科医や援助職の話しがでた。駅まで車で送ってもらったが、その車中でも話しが盛り上がった。リンダさんが名刺をくれた。駅では、反対方向のホームにいるリンダさんを、新幹線に乗って出発するまで見送った。最後までにこにこと手を振ってくれた。

02/10:忘れることは出来ないが、(過去に)縛られることもなくなる。そうなることが回復。
サバイバーにとって、怒りは暴力ではなく、正当な感情。正しい怒りを取り戻せ!
涙は、弱さのしるしでも、男らしくないことでもない。流した涙の数だけ、心は弾力を取り戻し、回復への道しるべをしめしてくれる。

02/10:トラウマの未処理による加害について、わたしの思いを補足させてください。
加害を自覚して、それを悔い、悩み、償い、二度と過ちを犯さないと誓い、そして人生を統合してゆこうとする試みは、じつは、もっとも人間らしい尊い試みではないかと、わたしは思っています。
人間だからこそ過ちを犯すし、また自分のなかに善良な人間性が宿っているからこそ、加害に気づき、苦しみ、反省する力がその人の中に生まれてくるのだと思います(神ならば過ちを犯さないし、動物は加害を反省しない)。

また、加害者には2つのタイプがあると、わたしは考えています。
一つは、自分の加害に気づいていないか、加害を少しも悪いことと思っていないタイプです。
もう一つは、自分の加害に気づき、もう2度と加害をしないと悔いているタイプです。
この2つのタイプの差は、とても大きいものがあると思っています。
すなわち、前者は加害体験を克服できないけど、後者は加害体験を克服できるきっかけにきているのだと思います。
この差は、あまりに決定的です。
すなわち、悔いることなしには人生の再生はないからだと思っています。

この掲示板では(また自助でも)、サバイバーの加害を語り合うことができる場でもあります。
加害を悔いる人なら、誰でもここで語ることができます。
過去には、数人の女性サバイバーが彼女たちの加害体験を、ここで分かち合ってくれたこともありました。
今の日本では、サバイバーの加害を安心して語れる場がないので、少しでもここを工夫して使いたいと思っています。
(ただ、被害しかもたない人の安心感を確保するための問題はあるので、別掲示板で加害を語り合うことも工夫も必要かもしれないと思っています)。

被害と加害の両方を有するサバイバーは、二重の意味で自分を陵辱しているようなものだし、サバイブも一層複雑になると思います。
その問題に取り組むときは、どうぞ安心できる環境と理解ある人を得て、十分に自分を労ってあげてください。
被害と加害を統合しようとする人は、謝罪の真摯さがもちろん必要ですが、それとともに、自分をいっそう大切に感じられるようになることが大切だと思っています。

サバイバーの回復の過程は、自尊感情を高めてゆく過程でもあると思います。

02/10:わたしの加害者はセックスに依存した女性サバイバーだったからです。
まさしく、それは彼女の再演だったのでしょう。

「愛しているから」「1回セックスしたのだから恋人だから」などと心にもないことを言われ、徹底した心理支配と性的な搾取を繰り返しされました。
挙げ句にわたしは記憶を失い、20年余りしてPTSDを発症したと言う次第です。

もちろん、男性サバイバーも再演としての性加害をすることがあります。
これは、トラウマが未処理のための、無意識レベルでの反応でしょう。

再演から抜けるには、やはり性被害とその影響と回復についの適切な知識を持つことと、自分の感情・記憶・過去などを繰り返し「話す」ことが有効のように思います。
ただ、話すことは意外に難しく、やはり性暴力に精通したカウンセラーか自助で話すのが、最良の選択のように思います。
また、話し相手がいないときは、書くこともいいです。

要するに、依存を言語化することで、依存から抜けてゆくことが可能になるようです。

性的な依存にせよ、アルコールへの依存にせよ、サバイバーはそれらへ依存するために膨大なエネルギーを費やします。
しかし、そのエネルギーの使い方を変えることができれば、自分の人生を自分の手の中に収めるための力の源になります。
サバイバーはそれだけの力を持っているんだと思います。

癒しは、誰れもが受け取る価値があります。
しかし、同時に、癒しは自ら希望しない限り、自分の手中に落ちてこないと思っております。

02/10:本題に入る前に、今、苦しくて困難に直面している皆さん、どうか、あきらめないでください。
「あきらめない」とはいかにもありきたりの言葉ですが、しかし、いずれはきっと、あなた自身の人生を取り戻せる機会がやってくると、わたしは信じています。

それまでは、少なくともあなたが安心できる場所が、この世界に一カ所は必要です。
自分の部屋、押入の中、布団の中、学校の保健室、自分だけが知っている森の中の秘密の場所や川辺などでもかまいません。自然にも癒しの力があるからね。あるいは、自助ミーティングやホットラインであってもOKです。
まずは、ホッとできて、疲れた心と体を休める場所を確保しましょう。

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さて、本題の公開講座です。性被害からの回復には、性被害とその回復について適切な知識を持つことが欠かせないので、参加される皆様がこの講座から回復のヒントをたくさん得られるといいなと思っております。

◇◆◇◇◇◆◇◇◆以下、長文になります。(^_^) ◆◇◇◆◇◇◆◇

それから、このような講座に初めて参加すると(初めてでなくても)、いろんな不安や恐れが湧いてきて、ナーバスになることもあると思います。
また、おそらく日本ではじめて明確に男性サバイバーを含めた講座の一つではないかと思われるので、主催者も安心感のある講座にするためにあれこれ思案しておられることでしょうし、参加する者もまたいろいろ感じることがあるかと思います。

参加にあたり、あまりに不安感が強かったり、多くの人に囲まれて性被害の話しを聴くこと自体が恐怖感を呼び起こすような心のコンデションでは、かえって辛くなる可能性もあります。
また、講座のささいな出来事で傷つき、かえって嫌な思い出になってしまうこともあります。

そこで、わたしが過去の経験から感じたことをあらかじめお話しして、皆さんと分かち合ってみたいと思います。
下記は、あくまでもわたしの狭い経験をもとにご参考までにお話するだけで、こうすべきだという考えを皆様に押しつけるものではありません。
どうか、皆様がそれぞれにご判断くださいますようお願いいたします。
また、よりよいご意見がありましたら、お聞かせ下さいませ。

なお、下記は書いている内に長文になってしまいました。あしからず。(^_^)

●わたしが思いますに、可能な範囲でいいので、あらかじめ自分の感じている不安や期待を紙などに書き出して、備えをしておくと、多少はいいように思います。
それから、講座中や終了後に、不安感・孤立感・性的な高ぶりが増えたりすることもありましたし、講師・参加者・主催者のささいな言動にも大きく動揺したりすることもありました。
ですから、つねに自分の状態を把握するように心がけるとともに、セルフケア(深呼吸をする、好きな音楽を聴くなど)を心がけるとよいと思います。

●講座中に気分が悪くなったときは、早めにいったん会場を出て深呼吸したり、援助してくれるスタッフが配置されている場合ならその方に助けを求めるのもよいと思います。
なお、フラッシュバックやパニックが起きた時は、けっして無闇に走り出さないでください。
無闇に走りだすと、転んだり、壁にぶつかったり、階段を踏み外したりして、ケガをするのが関の山です。(笑)
そのようなときは、まずは会場の内でも外でも落ち着ける場所に座りましょう。
そして、誰か側に居てもらったり、もし用意してあればセイフティ・ルーム(主催者側が用意した空き室)などを利用するのもいいと思います。

●わたしの経験から言うと、数十人規模の公開講座では、主催者側がどんなに配慮をしていても、全ての参加者の安心感を完璧に保障することはできません。
講座中や他の参加者の発言によって、思わぬ動揺をきたしたり、泣きそうになったりすることもあるかもしれないので、その可能性をあらかじめ頭に入れておいた方がいいと思います。
わたしの場合は、良い思い出がたくさんまありしたが、嫌なことも少しありました。(^_^)

●くろたけからのお願いですが、同講座には各位が「個人」として参加しくてださいますようにお願いします。
この点について、確認のために、当サイトの自助ミーティングの「注意事項」から、次の一文を転載しておきます。「各自の言動の責任は、必ずそれぞれが一個の人間として取って下さい。ミーティング以外の場での各人の言動は各自の責任に任されており、自助ミーティングや当サイトとは無関係です。」
くろたけもただのサバイバーとして参加しますので、わたしの力量を超える出来事には責任を負えませんので、よろしくご了承ください。

●今回の講座には女性サバイバーも参加すると思います。女性サバイバーの中には男性から加害されたゆえに、男性が側にいるだけで恐怖心をいだくことがあります。
また、一般的に言って各種のサポート団体のスタッフの中にもしばしば女性サバイバーの方がおられるのが普通だと思います。
お互いの境界線を守って、自他ともに安心して参加できるように心がけましょう。

●おそらく日本のサポート団体のほとんどが予算・人員面で十分なわけではないと思います。そのような中にあって、今回のような前向きの企画をしてくれた主催団体に、心から敬意を払いたいとわたしは思っております。
しかし、日本では男性サバイバーについての知識をもっている団体はきわめて少数というか、絶無といっていい状況です。
そのような状況にかかわらず男性サバイバーを対象に含めた講座を開催する見識の高さは、感動に値すると思っております。
実を申しますとわたしも知り合いがおり、多少は男性の性被害について理解してくださるようにお話しております。
とはいえ、男性性被害のあらゆ問題に全ての人々が通じているわけではないので、十分な対応をしてもらえないこともあるかもしれません。
ですから、まずは男性サバイバーはなによりも自分自身を大切にすることを最優先しましょう。
その上で、余裕があれば、主催者や参加者がともに協力して安心感のある会にしてゆくという姿勢を持てたらいいなと思います。

●主催者に理解して欲しいことがあるときや、参加者間でトラブルが起きたときには、次のようなアサーティブ(非攻撃的)なコミュニケーションを心がけるとよいのではないかと、わたしの経験から思っています。
そのポイントは「誠実に伝える」ということにあります。

1.自分の考えを、「対等に」「誠実に」「分かりやすく」伝える。
2.その際、相手を怒鳴ったり、非難したり、人格を損なう言葉を使用しない。
3.自分の気持ちや意見を「伝える」ことに重点を置く。伝える前から相手の反応をあれこれ想像して悩まない。誠実に自分の考えを伝えないかぎり、良いコミュニケーションは始まりません。
4.相手を自分の意に添うようにコントロールしようとしない。相手もまた自分と同じように主体的な人格を持った存在です。意見を伝えた結果、相手がどういうアクションを起こすかは、相手の裁量の内にあります。

男性サバイバーの存在をいろいろな方に知ってもらうことは重要なことですが、その際に、相手を怒鳴ったり、なにがなんでも相手をねじ伏せようとしたりすると、相手に不快な感情が残ってしまいます。
また、逆に、何も話なさず沈黙を守り続ければ、永遠にわたしたちのことを分かってもらえません。これもまた、大いに困ることです。(^_^)
だから、その場で分かってもらえなくても、まずは誠実に伝えておきたいとわたしは考えています。
そうしておくことで、後々、理解してくれるようになってくれる方もいます。

●サバイバーは無意識のうちに怒りをためていることが多いものです。
そのような怒りは、しばしば、援助してくれそうな人、自分のことを分かってくれそうな人、自分より少し弱い立場にある人などに、向かうことがあるようです。
怒りを正しく加害者に返すように心がけると、多少はそのような失敗も減ると思います。

●従来のサポート団体は女性が中心になって発展してきました。
その発展のなかから男性サバイバーも実にたくさんのリソース(社会的資源)や財産を受け取ることができます。
また、男性の性被害に理解を示してくれる方も少なくないと感じています。
しかし、わたしが経験した従来のサポート団体の一般的な反応としては、男性性被害の問題が公になると女性に対する性暴力の重要性を社会全体が軽視するようになるのではないかと心配する人がいます。
また、男性=加害者、女性=被害者という思い込みを、にわかに修正できないこともあるようです。
他に、男性サバイバーの持つ「性的な課題」(セクシャリティ、同性愛、攻撃衝動、セクシュアル・ファンタジーなど)に対し、拒否反応を示したり、はなはだしきは攻撃してくる方もいました。

ちなみに、わたしは過去に、ある女性サバイバーから「男性サバイバーといっしょにされたくない」と言われたこともあります。(笑)
また、「わたしは議論に負けたことがない」と公言する好戦的なフェミニストの女性の格好の餌食にされたこともあって、嫌な想い出になっています。(爆)

とはいえ、当サイトの掲示板には男性サバイバーとも良い分かち合いをしてくださる女性が何人も来てくれています。
サポート団体や専門職、サバイバーといってもいろんな考えの方がおり、個々人によって立場もいろいろだということを理解しておけば良いと思います。
自分がここに居ることや話すことで傷つきやすいと感じたときは、その場を離れることも良い選択だと思います。

●他に、参加者の体には当人の許可なく触れない、アルコールを飲んで参加しないなどは、いつもの自助ミーティングと同様だと思います。

●なお、もとより、リンダさんの静岡の講座は、当サイトや男性サバイバーの自助グループとは無関係の企画です。

ずいぶん長くなりました。それも注意事項やトラブルを避ける智慧など、マイナス思考のことばかり書いてしまってスミマセン。心配性のくろたけの性格が出ていますね。(笑)

しかし、講師のリンダさんは経験豊富な方なので、ぜひ各位にとって得るものが多い
機会になるよう切望しております。

素敵な出会いと良いコミュニケーションを通じて、癒しの智慧・工夫・勇気などが分かち合えるようにお祈り申し上げます。

02/10:再演とは、「トラウマを負い深刻なダメージを受けている場合、その衝撃に慣れようとして無意識のうちにトラウマ体験と似たようなことをしたり、他人にしてしまう。また、トラウマを思い起こされるようなきっかけを得た時、当時と同じように行動したり、騒いだり逃げようとすること」。「再演」は、サバイバーが被害後の影響を考えるときの重要なキーワードである。心当たりのある人は、再演という言葉に導かれて、自分のサバイブを振り返ってみよう。なお、サバイバーは、この言葉の学術用語としての定義にこだわらないほうが良い。この概念が自分の回復に役立つかどうかに関心をを払えばよい。

02/10/:九月の中頃、たいくつだぁ〜と感じて、ゲームでもしようかという気持ちになった。たいくつだと感じるようになったことは、回復したからそんなふうに感じるようになったんだなあと、しばし感慨深し。月清く、風涼し、、、。

夏は、海、高原、川で遊んだ。日常生活へもどるためのリハビリだな。(笑)遊びを、遊びとして純粋に楽しめるのは、まさしく3年半ぶりだなあ。

02:わたしも最後まで、腕力で抵抗する、つまりアビューザーの女性を殴っても逃げ出すということができなかったなぁ。そういう方法もあるんだけど、当時は、思い付かなかったです。自分の女性に対してNOと言うことが出来ない性格を、とことん利用されたんだと、今になって思います。女性からの加害というのはもともと心理戦が主体で、腕力をすでに巧みに封じられているというか、腕力とはレベルの違う闘いだなぁと、、、思う次第です。(笑)
男性は暴力的、腕力にモノを言わせるという社会的通念があるけど、でも、戦後の教育の中で、暴力を使ってはいけないとか、人権を大切にしようということが身についている男性もいるから、けっして腕力にうったえない男性だているよなあって思いました。
最近、PTSDから離脱してから自分の回復の過程を客観的に振り返る作業をしているけど、回復の道のりは、失ったものや得られなかったものをたくさん嘆くこと、自分を大切に出来るようになること、怒りを正しく加害者に返せるようになること、などから成っていたんだなあってしみじみ思います。
自助ミーティングを始めて最初の6回くらいは、わたしは怒りについてばかり語っていたけど、こうして振り返ってみると、怒りを取り戻し、加害者に正しく返すことがどんなに大切なことだったかっていうのが、分かってきました。

02/10/1:「言葉にできることは、扱える」。「言は志を尽くさず」というが、しかし、過去を繰り返し語ることが、回復の重要な局面だった。今も、過去を言葉に還元する作業は続いている。過去を「あきらめる」「手放す」「はばたく」、どのイメージが適当なんだろうか? 過去もまたじぶんの一部として生きてゆけるようになった、という言い方がもっとも適当なんだけども。

02/8/20:7月末から、サイト運営の一ヶ月の夏休みを取った。でも、メールやレスが溜まってきて、ついパソコンに何時間も向かいだしてしまった。ほんと、貧乏性だな。最近は、あまりにたくさんの人と知り合いすぎて、忙しすぎる。もうちょっと、1日の仕事量を減らさないと、楽しみながらできなくなってしまう。

02/8/19:怒りは「回復の支柱」と言われるように、自分の人生を取り戻すための大切な感情です。でも、その扱いはなかなか難しいようです。

怒りは、他人から正当な権利を奪われたとき感じても良い正しい感情だと、わたしは思っています。ただし、怒りは、「加害者へ正しく返すこと」が大切だと、わたしは思います。

怒りを他人に転化したり、怒りによって自分を傷つけたりしないことが肝要です。また、加害者に対し身体的な暴力を振るったり脅迫したりしないことも大切です。

怒りが自分に向いていることに気づかずに放置しておくと、自殺などになって表れたりします。他人から不当に傷つけられたのにもかかわらず、自分の生命や体を傷つけてしまうことは、いかにも性暴力の不当さを物語っています。

わたしは自助ミーティングでは、毎回、怒りについてしゃべってきました。過去の出来事であっても、被害当時には感じられなかった怒りを感じ、そしてそれを表現できることは、自分の人生を取り戻す上でとっても役立つ大切な作業でした。

自助ミーティングでの怒りの表現は、他者を傷つけない環境での表現が可能なのが、メリットなんだって思っています。

02/07/13:当サイトを開く直前、1年前の2月ころにセラピストから、「入院する?」って薦められたことがあった。

ちょうど入院治療を受けた方が回復が速まりそうな時期だったので、わたしも入院を希望したんだけど、結局、いろいろあって入院しないで終わった。

きっと1ヶ月ほど入院していたら、もっと簡単にラクになっていただろうし、なによりこれほど遠回りをしなかっただろうなって思う。

でも、入院しなかったおかげで、このホームページをつくる時間がいっぱい持てて、それがやがて自助グループという実りをもたらしてくれて。

自助グループの3回目のミーティングの帰りには、駅の雑踏に流されて歩きながら、突然、じぶんの離人感がきれいに消えてしまっているのに気がついた。

もともと、そんなにひどい離人感じゃなかったけど、いつもなにかじぶん一人だけ水の中を泳いでいるような、呼吸をしているような感覚も薄かった。

離人感喪失って、突然来ると、ほんと、ビックリする。

現実と自分の感覚がずれているっていう感覚があんなにしつこくあったのに、このとき以来、感覚と現実がぴったと接着剤で、くっつけたような感じになってしまって、しばらくの間だ、かえって、すご〜く、とまどった。

同時に、離人感が取れたことに、おーっ、とかいってじぶんひとりで感動していた。数日間は、離人感のない日々の新鮮さを、おっ、おっ、とかいいながら満喫していた。

この駅での体験は、自助グループの効果ってすごいなって実感した感じた瞬間でもあったんです。(^_^)

一年以上にわたって、ネット上をふらふらしたり、仲間に出会ったりして、なんかグズグズしたペースで過ごしてきたけど、急いで結論(ラクになる)を出すよりは、これはこれでよかったなあって思う。

入院できなかったことも残念に思うけど、その一方で入院しなかったことが、結局、ホームページ作りや自助ミーティングの運営のエネルギーに転化したんだとしみじみと思うのです。

はぁ〜、久々に、ささやかながらの振り返りでした。(^_^)

 

02:自助ミーティングの進め方に迷っている。「今日の気持ち・自己紹介」→「言い放し(2周りまで)」→「フェロー」OR「テーマ・トーキング」OR「情報交換」(ともにレスポンス有り)→「最後の言い放し」OR「今の気持ち」→「クローズ」かな?

02:加害ファンタジーおよび虐待的なイメージや状況でないと性的な満足を得られないことについての気づき。性的なこのようなファンタジーはだれでも持つことは、サバイバーであってもサバイバーでなくてもあり得ること。自慰に罪悪感をもたないこと。自分のせいでこうなったわけじゃないから、自分を責める必要はない。加害をしない。性癖も過去の虐待で意志に反して押しつけられたもの。最初の体験のくびきから自分を解き放つために。条件付けをかえる。もうイヤだと口にして言う。自分のファンタジーに向き合う、認める。練習する。羞恥心を克服して先に進む。

02:「自分に対して辛抱強く」「体と心が健康になるのようにエネルギーを蓄える」「助けを求め、受け入れる」「自分の感情を受け入れる」「痛みに寄り添う」「自分にやさしく、大切に」

02/5/25:離人感がすっかり取れたことに、びっくり。でも、電車は時々、具合が悪くなる。

02/5/25:これまでたくさんのサバイバーから話しを聞かせてもらったおかげで、「自分自身がリソース」になっていることに気が付いた。自分がそこにいるだけでサポートになることもあるんだって。自分の被レイプ体験も無駄ではないどころか、他人の役に立つなんて、ステキだ。無理せず、長く続けたい。

02/5/25:わたしにはプライバシーを明かせない理由がある。

02/5/25:最近の掲示板の素敵な会話は、性的なことを自由に話せること。性の悩みは一人ではないんだっていうことがわかってよかった。みんな同じようなことを感じたり、試行錯誤していて、びっくり。

02/5/25:追いつめられたときは、セイフティ・プレイス(安心と安全を感じられるイメージ)を心に思い描いて切り抜けてきた。わたしのセイフティ・プレイスは子どもの頃に遊んだ梨園。その中に入って行くと、青い空、白い雲、さわやかな風、緑の香り、土の手触り、、、その世界のすべてが、あまりに、あまりに、リアルに感じられる。たとえば、果樹園に張った針金に、まさに触ることが出来る。指でその針金に触れれば、指先に錆がついている感触がするし、錆の臭いも、味もする。そしてなにより、風のさわやかなこと。初夏の風、秋の風が、体の中をほんとうに通り抜けてゆくような気がする。風が体を新鮮にしてくれる。セイフティ・プレイス、そのおかげで、わたしは発狂するのを逃れることができた。

02/5/25:被害後から何年間も自慰で射精の瞬間はレイプされたときことをイメージしてきたし、セックスでもパートナーにはレイピストがしたことと同じことをしてほしいと感じていたし、記憶が戻ってからは3人でセックスしているような感じだったが、6月になって、レイプの時のことをイメージしてみたら嫌な気持ちになった。怒りを感じるようになってから、一方的に乱用されたんだと思えるようになって、そういうことがなくなった。回復。長年、回復に取り組んでいると、そういう成果があるんだ。

虐待された状況を思い出すことで性的興奮を得たり、他人の性虐待の手記を読むことで性的な刺激を得るサバイバーは男女ともにいるらしい。

02/5/25:自慰でセックスのパターンを少しずつ変える。加害衝動や被害を思い出さないと性的興奮を得られないことを変える。それでもダメなら焦らず、今のあるがままの自分を受けれる。癒しが進んで行くと、性的嗜好性も変わってくるものだ。

02:癒しの過程は、PTSDが終わったからそれで終了というわけにはいかないなあ〜。被害後の人生の質の向上を求めていくことと、自分自身と人生を大切にしていくことの積み重ねだなあ〜。ハァーー!

02:プロ・フェミニストでは、ドメステック・バイオレンスを、身体的暴力だけでなく、他の立場より広く解釈する。被害者の望まないことを強い、被害者のしたいことをさせず、恐怖心を起こさせ、自立性を奪うことを含める。身体的接触だけでなく、心理的暴力による自己決定や自己評価を蝕むこと、さらに隠れたコントロールや、自分の弱さで相手をコントロールすることも含む。つまり、相手を強制的にコントロールすることである。

気づき:性的なコントロールがすごくあった。徹底した性的なコントロールがあった。これは女性が男性をコントロールするときにすごく有効な方法だ。それは性的欲求を自在に起こさせたり、放出させたりすることをコントロールすることだ。実はみんな気が付いていないけど、パワーの差がある状況では、このようなコントロールをすることは簡単なことだし、男性(少年)にとっては弱点にもなる。

性的操作・性的コントロールを著しくされた結果、その後、自分の欲求(Sexual Desire)が、いつも自分の外にあるように感じて苦しんだ。自分のDesireを自分のDesireとして感じられない。セックスをしてもこれはわたしのDesireから発動した行動なのかと悩むことになった。

「わたしの Desire はわたしのもの」  なんぴとも利用し、搾取してはならない!

02:【回復の道のりを振り返って】 記憶が戻ってからの2年半は、筆舌に尽くせないほどひどい日々でした。脳外科に行って、脳の記憶に関する部分を、手術で切り取ってもらおうと真剣に思ったほどです。あの時は、ほんとうに「発狂する!」と感じました。今思い出してもぞっとする瞬間です。

それから、、最初に性暴力に詳しいカウンセラーにたどり着くまでが大変でした。ともかく、自分に何が起きたが分からなかったからです。カウンセリングでは治らなかったけど、でも、最初のセッションで、この出来事は性暴力に関係していると言うことが理解できました。

そして、あとは、耐える日々(笑)。 1日、1日を、文字通りサバイブしてゆくだけです。

本はよく読みました。当時、出版されていた性暴力関係の本は、ほとんどすべて読みました(笑)。全部で40〜70冊といったとことでしょうか。本を読むのは、時間さえあれば苦にならなんです。本からは、性暴力についてだいたいの枠組みや回復について理解しました。

これら本からの知識は、サバイブの過程で大いに役立ちました。すべて女性サバイバーのために書かれた情報か、女性サバイバーが書いた本でしたが、そこから男性サバイバーにも役立つたくさんの知見を学びました。

とくに、回復は可能であること、回復は辛さが伴うこと、回復には段階があること、自分一人では戦えないこと(じぶんをいたわってくれる人が必要なこと)などを、理解しました。

次に、よく考えました。というより、ひたすら考え続ける。自分の感情に焦点を当てて考える。考えたくなくても、考えさせられるのだから、もう仕方がない(笑)。でも、考え続けたおかげで、いろんな気づきがありました。

それから、よくいわれているように「話す」こと。それも話せるタイミングが来たときに、感情を伴いながら話すことは、回復のキーだと私も思います。

最初に、カウンセラーに話したときは、90分間、泣き通しでした。とっても怖い体験でした。カウンセリングを終えてからも、過去からもどってくることが出来なくて、予定の時間を延長してもらって、さらに30分あまりもかけてクール・ダウンしてもらいました。

でも、泣きながら90分も話しが出来たおかげで、なんというか、じぶんが問題を抱えていることが理解できました。

それから、メールでも友人に、時々、話しを聴いてもらいました。直接会って話したこともたびたびあります。「魂が呼び合うような出会い」はとっても大切です。私のその友人はみなサポーターやサバイバーなので、私の話しを信じてくれるとともに、けっして批判や非難をすることなく、適切に言葉を返してくれたのが大きかったです。わたしは非難や批判にとっても弱いのです。いや、すべてのサバイバーに対して、批判や非難は無用だと思います。

返事をもらったメールの中には、今も宝物のように保存してあるものが、何通もあります。また、インターネットなどを通じて知り合った女性サバイバーと直接会って、互いの経験や思いを自由自在に話し合ったこともすごく役立ちました。

ただし、サバイバー同士が会うとき、次のような問題が起きがちだと思う。密室で2人で合うことに恐れを抱くサバイバーも少なくありません。
  ・相手に依存する(性的な依存を求めることもある)。
  ・境界線が守れない(電話を掛けない約束なのに勝手に掛けてしまう、メールの返事がないこと
   に怒ったり不安になる、相手の体験を聴いて必要以上にダメージを受ける等)。
  ・怒りの転移(なんで自分のことを分かってくれないのかなどと加害者に返すべき怒りを話し相手
   にぶつける等)。
  ・再演(簡単に言うと無意識の内に被害と同じ状況を繰り返す)。
  ・パワーゲーム(互いに支配し合おうとする)。

出会いは癒しの重要な一部です。いのちの触れあうような出会いは、それ自体が癒しになります。しかし、上のようなリスクや問題があるので、相手に侵入しないように配慮すべきです。(このようなリスクを回避するための工夫に自助グループがあると思う)

ほかに、援助の専門家を前に、男性の性被害をテーマに話したこともあります。この時もすごく感情を解放したまま話しましたが、みんなじっと聴いてくれましたのが、よかったです。

あとは、泣く。

ほんとうによく、わたしは泣きました。ほぼ2年間、毎日、毎日、7回も、8回も泣きました。男に涙はふさわしくないなんていう「男らしさ」には、まったくとらわれていなかったのがよかったです。泣き続けたおかげで、凍っていた感情が、2年半あまりで、じゅうぶんに解けたのだと思います。

さめざめと泣けるようになるまでになるには、2年近くかかりました。

それから、カンセラーや精神科医は、7人くらいに1回ずつ行っています。なぜか、続けて行く気持ちにならなかったし、その時は1回だけでも充分でした。辛くなったときや行きたくなったときに、行くだけでした。

また、しゃべる内容もすべてを話すのではなくて、話したいことだけ、あるいは質問したいことだけということも少なくありません。でも、行くといつでもそれなりに得るものがありました。専門家はすべてをいっぺんに解決してはくれない、けど、それなりに有用だと思います。

すでに自分の知ってることやしてきたことを確認するだけだったり、あるいはこちらが情報や知識を提供することもあったけど、でも支持的に聴いてくれるだけでも良かったです。一緒に考えましょうという姿勢を見せてくれるだけでも楽になる部分があったし、普段は話せないことを話せるのも良かったです。もちろん、専門家のあり方にも問題を感じていますが、それはまたの機会に。

私の加害者は家族ではなかったし、自分の家族(両親)はサポーティブな子育てをしてくれたし、被害も青年期の出来事なので、子供時代に形成された感情や性の部分がわりと安定してたのかも知れません。このことも回復の重要な内的なリソース(内なる資源)になったと思います。

最後にサバイブについて1つ言えることは、やっぱり「あきらめない」ということでしょうか。そして「あるがまままに」ということでしょか。あきらめない、あるがままにと言うのは簡単なことだけど、辛い時期に、あきらめない、あるがままといのは大変です。

あきらめてもいいから、また元気が出てきたら、がんばろうよっていうのが、自分の実状に近いかなぁと思います。

02:PTSDを発症してから3年になりました。今は病的な症状もおさまって、日常生活ってこんな手触りだったのかなあって、すごく不思議な感じです。

ずいぶん平和な日々が戻ってきたんですが、でも、PTSDを発症する前の日常生活とは、やはり違います。まるで新しい世界を生きているかのようです。

特に男性サバイバーの自助ミーティングをはじめてからは、もう元には戻れないんだなあってよく思いますし、記憶を失っていた時代とは違う世界を生きているんだとも思います。

それに、平和で落ち着いた日々は、かえって、居心地が悪くってしかたがないです。(笑)

病的な症状がおさまったからといって、すぐに性暴力から離れた生活に戻って行く気もなれずに、これからは、ウォーリアーかな、ガーディナーかな、あるいはサバイバーサポーターかな、そのあたりで生きて行くのかなあなんて考えています。

今後、サイトの運営は年に1、2回お休みをとることにしましたが、でも、まだまだこの世界から離れることは出来ないでようです。(^_^)

02:自分の体験を語ろう。今悩んでいること、今困っていることから話しはじめてはどうですか。「〜したら」「こう考えるべきだ」などのアドバイスではなく、今話しを聴いて自分はどんな気持ちになったか、類似の体験をいしていればこんな体験をしましたと話します。人の話しをよく聴き、自分の意見を強要しないということです。

(1)自分の体験を語ろう。「言いっぱなし、聞きっぱなし」です。
(2)他のメンバーへの批判、説教、政治的あるいは宗教的な主張はしない。
(3)話したくないことは話さなくてもいい。
(4)ミーティングで聞いたことは他言しない。
(5)アドバイスや情報提供、言葉の説明などをして欲しいときは、みずから申し出てね。

う〜ん、やっぱ、しっくりこないな。(笑)

ようやくだどりついたのだから、「温かくてホッとするような会になればいいな」。

なんで、世間にはあんなに他人をコントロールしようとする人がいるのかな。まぁ、過去にはくろたけもそういう経験してきたけど。(笑)

まぁ、「男性サバイバー‘ぼちぼち’ミーティング」ということで。(笑)

02:初回の自助ミーティングでの気づき。「どんなに激しい怒りや感情でも、他人の感情に対しては、私は一切責任を持つ必要がないことがわかった」。これは、過去においてアビューザーの全ての感情を背負わされたわたしにとって、とっても大きな気づきだった。

02:性的被害の男性サバイバーの自助グループは、最初に行わなければならない安全確保のための条件付けがたくさんありすぎて大変だ。走りながら、メンバーがたがいに自助の仕方について、理解を深めてゆくしかない。

02:わたしにとって、花と癒しは不可分に結びついています。

02:(下記に被害体験がもたらす加害を防ぐ方法を書いているけど、もっとも簡単な加害を防ぐ方法を教えてもらった。それは、加害衝動や加害をしてしまいそうな不安を感じたとき、その場で援助してくれる仲間や援助職に、「携帯電話」をかけることです。携帯から電話をかけて、気持ちを聴いてもらうこと。援助するほうにも適切に返せる力が必要です。それから、加害衝動を感じることと、加害行為をすることは、まったく違う。実際に加害に及ぶ男性サバイバーは少ない。男性サバイバーはその加害衝動やファニーな感覚を、話すことで慣れることがだいじなんです)

 ‘男性サバイバーの一時的な性的欲求の亢進について’
一部の経験からだが、男性サバイバーの中には、被害にあった当時を思い出したり、被害に結びつくような物・人・行為に出会うと、性的な興奮が高まるということがあるようだ。このことは、くろたけも経験があることがらです。

ところで、そのような時、女性や男性や子どもの体に触れたいとか、自分が被害にあった頃の年齢と同じ少年や少女とセクシャル・コンタクトを持ちたいとか、チカン、下着への異常な関心、フェチズム、露出、SM(サド・マゾ)など、時にきわめて苦しめられることもあるようだ。

このような時、「加害者にならない」ようにするためには、どうしたらよいか? 異常に高まった欲求をコントロールする方法には、どのようなものがあるのか? (もとより、性的欲求が亢進した男性サバイバーが必ず加害者になるわけではないので勘違いしないでください)。下記は、私見です。

◆そのようは性的な高まりは、癒しの過程では起こり得ることであって、自分がおかしくなったのでも、異常者(変態)でもないことを理解する。

◆感情(セクシャル・ファンタジー)を抱いても、それ自体は罪でも悪でもないことを理解する。感情やセクシャル・ファンタジーには、善いも悪いもない。

◆これらのことを知った上で、感情と、行動を区別する。すなわち、加害行動に出ないように工夫する。

◆望ましくないアクションを起こしそうな環境を避ける、あるはそのような状況から離れる。
たとえば、子どもに出会ったら、反射的に反対方向に走って逃げると決めておく。電車で誰かの体に触れたくなったら、迷わずに途中下車するなど。他に、水を飲む、深呼吸をする、体をつねる、加害をしないという特別のお守りを持って歩きそれをぎゅっと握る。

◆もし加害をしてしまった結果、どうなるかをよく考える。→逮捕される。自分と同じ被害者をつくってしまう。

◆高ぶった欲求を、自慰でコントロールできるなら、それはすぐれた方法であることを理解する。また、自慰で性的なエネルギーを開放したことに、自責感をもつ必要がないことを理解する。

◆誰かに話を聞いてもらう。話した時は、相手がそれを受け止めてくれることが大事だと思う。ただ、話した結果、コントロールが多少なりとも可能になるか、それとも逆にファンタージーがよりエスカレートしてしまってコントロールが不可能になるかどうかを見極めないといけないと思う。

◆カウンセラーや精神科医、あるいは電話相談にサポートを求める。プロのサポートは探さなくてはならないが、男性の性被害に理解あるセラピストは少しは増えて来ているようです。サポートは求めることで、生まれてくるものです。

◆加害ファンタジーを聴くとき、援助者(聴き手)は最初からいきなり非難するようなことはしないこと。本人が苦しんでいて、それをなんとかコントロールしようと努力していることに、まずは共感すべきである。男性サバイバーが自己の過剰な性的欲求を自覚し、取り組んでいることを評価し励ますべきである。行動の自己管理が多少でもできるようになったときは、それを誉め肯定すべきである。なお、話した後の状況をできるだけ見守れるようにした方がよい。

◆自分の想像の中で、加害を楽しんでも罪ではないが、その想像(ファンタージー)が過剰にエスカレートしてゆくときは、誰か理解ある人にサポートを求めた方がいいかもしれない。少なくとも、「孤立しない」ということは、性被害においては、いつでも大切なことだ。

◆言い忘れたけど、男性サバイバーはなんでも性的に考える傾向があるようだ。だからこれはサバイバーにある程度は共通な特徴らしいので、自分が異常者になったわけではないことも理解しておいてね。

◆もう一つ言い忘れたけど、上記に述べたような感情に‘気付く’こと、つまり自分はこのような性的な生き難さを抱えていると自覚することが、この問題と取り組む最初の出発点だよ。

*   *   *   *   *   *   *   *

上記のことを理解し実行したとしても、その「こだわり」や「つらさ」が解消されないことが、男性サバイバーにとって、ほんとうに辛いところだ。うん、ほんとうに、つらい (笑)

少なくとも、上記のことを実行しても、わたしは解消しなかった。わたしもフェチで一時期ずいぶん苦しんだけど、結局、トラウマが解消するとともに、それに苦しめられることはなくなった。そのことを思うと、上記のような悩みは、トラウマの解消が一番の解決策なのかも知れない。

だから、たぶんトラウマの反応としてのロリータ、フェチ、痴漢、下着ドロ、露出は、たんに性欲が亢進したという状況と違うだろうと思う。

自慰で性的エネルギーを発散しても、一時的にはしのげても、おそらく、頭の中の「こだわり」そのものは容易になくならないだろう。

それから、こだわりや欲望を「話す」ことで、それが消化されるかどうかも微妙だと思う。たしかに客観化できて、コントロール感がもどってくるかもしれないが、逆に、パンドラの箱を開けてしまって一時的にこだわりが増すかもしれない。

ただ、性暴力に熟練した第3者(セラピストなど)を相手に話すことは、ともかくなんらかの打開策にはなるだろう。その一方で、援助者は話した後の経過を注意深く追う必要もあると思う。(もちろん、そのセラピストは男性の性被害と真剣に向かい合ってくれる人でなければならない)

ああ、もう一つ重要なことが。意識して加害の危険を避けられる時はいいんだけど、解離(体から心が離れている)している時に、加害をしてしまうこともあるだろう。たぶん、こっちの方が問題だろう。わたしの加害体験は、解離のごとき状態で起きました。純粋な解離ではなかったと思うが、心は現実を離れて、過去のその瞬間を生きている時に、つまり無意識のうちに起きてしまいました。アビューザーの女性に対する復讐として起きました。

どっちにしろ、ここで言及した上記のテーマは男性サバイバー問題についてまわる問題だろうし、多くの男性サバイバーも直面するかもしれないから、今後も考え続けてゆかなくちゃならないだろう。

PS:この種の問題に、EMDRとか効かないのかなぁ? EMDRで、一気に「こだわり」が取れるとかするといいんだけど、、。それに、トラウマの再演とも関係していそうだけど。

追記:仲間のサバイバーから、加害を防ぐ次のような良い方法も教えていただきました。「愛する人の写真を持ち歩く」「僕は姪っ子が3才の頃に‘おっちゃんあげる’って言って摘んできた草の葉を押し花にして免許証ケースへ入れています。(もし自分が犯罪を犯してしまうと)この子の人生にも影響してしまうんだと思うと自分を抑える事が出来ます。」

02:「つらい」という感情以外にいろんな感情を感じるようになってきた。日常生活の中で、うれしいとか、ホッとするとか、悲しい、こわい、気持ちいいなどの感情を感じるようになった。というか、日常生活には、このような感情がともなうものなのだということをあらためて再発見した。かつては、「つらい」一色。しかもその感情は日常生活に起因する感情ではなく、過去にしばりつけられていた感情だ。感情もまた過去を生きる。日々の生活のなかに感情があるなんて、おどろきだ。(笑) サバイブの最中の日常生活って、ただマニュアルがそうなっているから、機械的に反応しているようなもので、感情をともなった生活ではなかったなあ。

02:戦場をひとたび生き抜いた経験をすると、戦場以外では生きている手応えを感じない。戦場こそ生きるのがふさわしい。自助ミーティングもまた戦場の一つか。

02:サバイバーのアイデンティティの変遷。ヴィクティム(犠牲者)→サバイバー(生存者)→ウォーリアー(戦士)→ガーディナー(園丁)。ガーディナーは最近はスレイバーともいうようだけど、庭師の方がわたしは好き。昨年の暮れから、回復したなって感じるようになって、でも、これからどうしたらいいんだろうって、迷っていた。なにをして生きていったらいいのかって迷った。数ヶ月迷っていて、ウォーリアーとして行きゆくのもいいかなって思った。

02:‘ひとりぼっちの男性サバイバーをなくそう’

02:今日、この傷も自分の一部だと感じるようになった。

02:じぶんの sexual desire を好きになれるってことは、男性サバイバーにっとって困難だけど、大切なことだと思う。エレクトや射精にともなう自己コントロール感の欠如も、恐れの対象となるかもしれない。

02/3/24:知人2人と近くの駅で会って、思う存分話しをした。4時から8時半ころまで。性被害の話しって、街中では誰かに聞き耳を立てられている気がするし、泣いたり怒ったり感情が出てくるから話しにくいね。長時間居られて、常にがやがやしているファミリーレストランが好都合だと思う。ファミレスは、密室という感じもしないしね。天気のいい日に公園で話すのも好き。花の咲く公園ならずっと良い。

02/2/26:最近、くろたけは自分の内面の葛藤から、社会へと関心が向いてきています。つまり、社会に対し、少年や男性も性的被害にあっていて、それで苦しんでいることを分かってもらいたいと考えるようになっています。社会に対して、何らかの手段で訴えてゆきたいと感じるようになっています。このサイトの開設したての頃は、ただただ、自分の苦しみを吐き出したかっただけだったけど、1年もたつと、確かに、気持ちも変わるものだなあ。

02/2/5:岩崎直子氏が2001年に発表した『男性が受ける性的被害をめぐる諸問題』という論文のWebバージョンをアップする。この論文は、日本で初めて男性(少年)の性的被害を専門的にあつかった論文だと思う。すご〜い歴史的に意味ある論文だ。また、時代が男性サバイバーに味方してくれているとも思った。岩崎さんは若手の臨床心理士。彼女が論文を発表した直後に直接交渉して、当サイトにこの論文を掲載してくれるように依頼したところ、なんと、年末年始の休日をフルにつかって、より一般読者向けに書き改めたWebバージョンをEメールで送ってくれた。岩崎さん、書いてくれて、ありがとう。とっても感謝しています。Webバージョンの一番最後にある「Webバージョンの補足」を読めばわかるように、彼女は電話相談員をしていて、その時にかかってくる性的被害を受けた少年に対する不適切な対応に疑問をいだいたことが、この論文を書くきっかけになっています。女性であるにもかかわらず、また性的被害といえば女性が被害者になるものと思われている日本社会にあって、少年の性的被害に気づき共感してくれた彼女のみずみずしい感性に、心から感謝したいです。また、そのような気づきを論文までに高めて、社会や専門家に対し啓発をしようとしてくれた努力は、専門家にふさわしい仕事だと思います。

02/1/15:怒りについて。怒りをなかなか感じられなくていた。何しろ、記憶を取り戻し始めた最初の頃は、アビューザーの女性の力になれなかったじぶんが悪かった、力になれなくてゴメンって思ってばかりいたから、アビューザーに対し怒りを感じるなんてことはあり得なかった。力になれなくてゴメンっていう感覚が取れてくると、ようやく、じぶんは怒ってもいいし、怒る権利もあると思えるようなった。しかしそれでもなお、心の中のどこを探しても怒りはなかった。なんでだろう? アビューザーが性的被害のサバイバーであったため、彼女があんな風にひどいことをしたことは仕方なかったとか、わたしのセックスを彼女が乱用したはやもうえない理由があったんだって、加害者の立場に立って理性的に理解してしまうことが感情の発露をさまたげていたのかもしれない。また、女性がセックスにアデクション(依存)するなんてことはあり得ないとか、男性を性的にコントロールすることはあり得ないという社会通念もじゃまになっていたようだ。しかし、やがて、はっきりと自分の中の怒りを感じる時が来た。昨年の夏くらいから、自助グループを立ち上げようと毎日考えたり行動を起こし始めたときのことだ。掲示板でのやりとりなどを通じて、すぐに、このテーマにすごく熱中しはじめた。なんでじぶんは自助グループの立ち上げにこんなにも一生懸命になるんだろうって振り返ったとき(実際、じぶんでも不思議なほど熱中していた)、これがじぶんの怒りの表現の仕方なんだって気付いた。声を荒げたり、物や人に八つ当たりしたりして怒りを表現するわけじゃないけど、はっきり、ああ、じぶんは怒っているんだ、グループを作ろうというこの行動自体がわたしの怒りの表現なのだと感じた。怒りの存在を感じるようになると、じぶんの腰が据わった。じぶんの中に中心ともいうべきものが生まれた。

01/12/22:意外にも下で紹介したアメリカのNOMSVの国際会議に参加して来た人がいるというので、その方を知っている人の紹介で、‘NOMSV 2001 Conference’の報告会を開いてもらう。といっても、セラピスト2人、男性サバイバー2人が、某居酒屋チェーンでイッパイやっただけだけど。(笑) 話して下さった方、紹介してくださった方、いっしょに来てくれた友人に感謝。6時過ぎから9時半ごろまでいたなぁ。サバイバーと専門家がいっしょに何かできるようになることも必要だと思った。外に出ると寒かったぁ。記念すべき‘01.12.22’会談でした。

01/12/16: 日曜日!それも記念となる日曜日! 第1回 男性性被害者のための自助ミーティング in 大阪。日本ではじめての性被害の男性サバイバーのための自助グループのスタートかもしれない。みんなありがとう。できるだけ長く続けたいな。それと参加者が安心してじぶんの気持ちを語れるような会にしたいな。

スローガンは、「話してみよう! 聞いてみよう! 交流しよう! 男性の性被害!」かな?

じつは、この日の朝、緊張のあまり、もどしてしまいました。(^_^) はじめて会う人ばかりだし、自分の過去にも向かい合わなくてはならないし、性被害という重いテーマだし、それに参加者の安全感は確保できるかなどなど。。。でも、無事終了。終わった後は、みんなで居酒屋でイッパイ&夕食。ほっ。

01/10/28:ようやくオフ会の会場を確保する。安全な会にするためにどうしたらよいか、2週間ほどずっと、悩みました。掲示板でもみんなの意見を尋ねました。でもって、結局、自助グループの形式ですることにしました。

女性サバイバーのみなさんも参加を希望してくれたんですが、男女混合のミーティングを安全に運営する方法も知らないし自信もないので、男性限定にしました。女性のみなさんゴメンネー。

男女混合のミーティングをするならば、少なくとも男性1人、女性1人、計2人のファシリテーター(幹事)がいないとたいへんだと思う。それに、参加者はミーティング以外に他にサポート(個人セラピーなど)を各自で確保していることを条件にした方がいいと思う。さらに、セイフティー・ネットとして専門家に関与してもらっておくくらい慎重にした方がいいと思う。

01/10/11:京都であった自傷セミナー(10/6)に触発されて、性被害の男性サバイバーのオフ会をしたいと掲示板にカキコすると賛同者があらわれてくれた。賛成してくれた人に感謝!

01/7/3:NOMSVの掲示板に初めて英文でカキコミ! ドキドキしたぁ。まもなく4人がレスしてくれて、2人がメールをくれました。ホッ。スタッフからもメールをもらいました。英文には、おろおろ。(笑)

NOMSVがどういう団体か知っている人が日本にいたら聞いてみたいと思って、専門家やアメリカの友人に尋ねてみたけど、知っている人がいなかった。しかたがないので、NOMSVに直接メールを出したらPresidentのKen Singer氏から返事が来ました。(^_^)

2001/4:アメリカの男性サバイバーを支援のするためのNPO(民間団体)である‘NOMSV’のホームページを発見! あまりの充実ぶりにビックリ!! 毎夜、毎夜、辞書を片手にせっせとサイト内を読みました〜 (笑)。

同時に、同ホームページで10月末に男性サバイバー支援のための国際的な会議&ワークショップである‘NOMSV 2001 Conference’がニューヨーク開催されることを知って、参加しようと決める! 英会話はさっぱりだけど、ともかく雰囲気だけでもあじわいた〜い、という無謀な試み。(笑)

ところが、9月にニューヨーク貿易センターに2機の民間飛行機が衝突するというテロが発生。やもうえず、参加をキャンセル。11月に英国のバーミンガムでも同様の会議があったので、こちらに参加しようと思ったんだけど、やっぱり国際情勢がよくなくてあきらめ。。。

01/春:掲示板に意外にも女性サバイバーのみなさんがたくさんカキコミしてくれて、うれしかったです。みんな応援してくれてありがとう。

01/4/1ホームページ開設。男性の性被害をテーマにしたサイトなんて誰も来ないだろうなぁって思っていました。でも、まあ、かたちだけ掲示板を付けておくかってな感じでした。そしたら、いきなり男性サバイバーの人がカキコミしてくれて、感激! しかも応援までしてくれて、また感激しました。

○oo●oo○oo●oo○oo●oo○ キャッチフレーズ ●oo○oo●oo○oo●oo○oo●oo○

希望の芽を育てよう。ひとりで抱えてきた荷物を ここでおろしていきませんか? 話してみよう、聞いてみよう、交流しよう。ひとりぼっちの男性サバイバーをなくそう。


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